人形劇団プーク「現代版・イソップ『約束…』」

 あーあ、おもしろかった。おもしろすぎて、涙が出てくるほど笑い転げてしまいました。風刺の効いたストーリー、卓抜な人形造形、熟達の演技と演出-。こまばアゴラ劇場が主催する「冬のサミット2005」に、昨年に続いて登場した人形 … “人形劇団プーク「現代版・イソップ『約束…』」” の続きを読む

 あーあ、おもしろかった。おもしろすぎて、涙が出てくるほど笑い転げてしまいました。風刺の効いたストーリー、卓抜な人形造形、熟達の演技と演出-。こまばアゴラ劇場が主催する「冬のサミット2005」に、昨年に続いて登場した人形劇団プークは、内外の公演で鍛えた技法をさりげなく駆使して、楽しくも切ないお話を届けてくれました。この人形劇団を選んだプログラムもすばらしいのですが、その機縁を倍にしておつりが出るほどの舞台をみせたプークにはおそれいりました。恐るべし、人形劇団プーク。


 演目は田辺聖子作「私本・イソップ物語」収録の一編に基づく「現代版・イソップ『約束…』」と、石坂啓の漫画を原作とした「その後の…その後のE.T.」の2本立て。特に「約束…」は、口やかましい大人も生意気な子供も、あっという間に舞台に引き込んでしまう不思議な力が備わっているようです。

 「ワイは一匹狼や、自由がワイの勲章や」と、なぜか関西弁でほえたり愚痴ったりするオオカミの造形に引かれます。やせ我慢の強がり、信じやすくて少しおっちょこちょい…。寅さんがオオカミになったようなイメージを想像すればいいのでしょうか。
 せっかく捕まえた年増羊なのに、「明日になれば草をたらふく食べて太るから待って」という空約束を信じて取り逃がしてしまったり、ムジナの口車に乗ってサケにありつけなくなるだけでなく、ツキノワグマにさんざんいたぶられる話など、定番と言えば定番なのですが、人形と出演者の絶妙の呼吸によって、みる側は翻弄されてしまいます。

 例えば、捕まった羊がか細い足を空中で交錯させながら、すがりつくように命乞いをする場面。絶体絶命のピンチでも知恵を絞り、懸命に働きかける姿はなぜかいとおしく、交錯させた足からフェロモンが残り香のように漂って来るような気がします。またその羊が「あばら骨が外から数えられます」と言ってちらりと胸をはだける場面。飢えてやせこけているオオカミも思わず両の前肢で自分の貧弱なボディーを隠したりします。一瞬の連動した仕草ですが、信じやすいオオカミの性癖が深く刻まれるシーンでした。

 併演の「ET」は、幼い子供の姿を借りて、痴呆老人をいたわりましょうという願いがやや啓蒙的に示されます。いまどきの子供が無条件で「無垢の眼」「優しい心」の「のぞき窓」になるはずがありませんし、介護疲れの息子夫婦らほかの登場人物も類型的との指摘を免れないでしょう。とはいえ、人形の代わりに金属製のやかんやポットが登場したのには仰天してしまいました。形や大きさの違うさまざまな金属製食器が加工され、ぼけてきたおじいちゃんや孫、息子夫婦に様変わりするのです。手の込んだ「金属製食器人形」をみるだけでも舞台が活気付き、想像力が刺激されます。

 オオカミを演じた岡本和彦と狐・羊役の早川百合子ら出演者は、人形と文字通り一体となって有無を言わせず舞台に引き込んでしまいます。人形劇をろくにみたことのないので免疫がないことは認めますが、おそらくぼく(ら)の気付かないところでさまざまな工夫が込められた舞台ではないかと想像します。「約束」は97年から、「ET」は95年から(昨年の「サミット」で上演した太宰治作「かちかち山」は94年から)たびたび公演を重ねてきたレパートリーです。その蓄積から得られた経験が実を結んでいるのでしょう。

 人形劇にはさまざまな種類、数多くの技法があるようです。「(それは)人形劇でなければ出来ないといわれる程、変化と可能性に満ちています。指人形や手袋人形から、片手使い人形、両手使い人形、棒使い人形、糸あやつり人形(マリオネット)、かかえ使い人形、影絵人形、車人形、からくり人形と入った具合だから…。俳優が人形の中で操作する大型からくりや、新しく考案された、座り使いからくりまで多彩です」(劇場支配人・三上つとむ氏に聞く「プーク人形劇場の創造空間」)

 芝居が台本と俳優、演出だけで出来ているわけでないことは言うまでもありません。舞台装置や音楽、映像など他のメディアからも構成され、舞台を豊富化相対化する対象はほかにもいくらでも指摘できるでしょう。人形と出演者の織りなす空間の魅力は、演劇の仕掛け、舞台のおもしろさを存分に耕しているように思いました。少なくともぼくは無防備に堪能したというか、武装解除されてしまいました。笑い転げてポケットから自宅の鍵が落ちたのに気付かなかったぐらいですから。

 「冬のサミット2005」のディレクターは、若手演出家として評価の高い三浦基(地点主宰)です。昨年のプーク公演をスタッフ共々、劇場の前列で食い入るようにみていた光景が記憶に残っています。劇場webサイトで彼は「見る―観る―視る―診る―看る。『見る』以外ならどれでもよい。みえないものをみようとすること。私が舞台に立ち会いたい動機と衝動がここにある」と書いています。

 とすると問題はむしろ、人形の絶妙の作り込みや磨き抜かれた操作が、熟練の技として定着してしまうことにあるのかもしれません。人形の姿で現れる動物と操る出演者、そして見立てられたうつし世の三者が、あまりにスムーズに接続されることによって、舞台からみえなくなるものがあるのではないでしょうか。見立ての構造を生かすもっと荒々しい仕掛け、隙間を差し挟む劇構造が必要なのかもしれません。

[上演記録]
人形劇団プーク
こまばアゴラ劇場(2月7日-9日)
「現代版・イソップ『約束・・・』」 原作:田辺聖子 脚色・演出:井上幸子
 原作/田辺聖子(「私本・イソップ物語」)
 脚色・演出/井上幸子
 美術/若林由美子
 音楽/マリオネット(湯淺隆 吉田剛士)
 効果/宮沢 緑
 鳴り物演奏/山越美和

「その後の・・・その後のE.T.」
 原作/石坂啓(集英社刊・ヤングジャンプコミック「その後のE.T.」より)
 脚色・演出/西本勝毅
 美術/鈴木英夫

 出演
 岡本和彦 早川百合子 市橋亜矢子 栗原弘昌

 スタッフ
 照明:三上つとむ
 舞台監督:栗原弘昌
 制作:長谷詔夫

投稿者: 北嶋孝

ワンダーランド代表

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