燐光群「チェックポイント黒点島」

◎この一言を言うために-「世界はこの場所で、お互いに繋がる」
高木龍尋(大阪芸術大大学院助手)

「チェックポイント黒点島」公演チラシかつて私は大学の文芸創作の授業で、今は退職されてお会いする機会もなくなってしまったけれども、今なお健筆を揮っておられる小説家の先生にこう伺ったことがある。
「この一言、この一行を書きたいがためにながなが書くことがあります。これも悪いことではありません」

小説家に限ったことではないが、物書きは作品をつくるときに、一言、あるいは一行を書きたいがために、その何百倍、何千倍もの言葉を費やして、一言や一行を引き出す仕組をつくることがある。それは作品の大きな動機となる。失敗すればその言葉だけが妙な浮きあがり方をしたり、逆に埋没してしまったりしかねないのだが、成功すれば大きな共感と納得を得られるのではないだろうか。
「チェックポイント黒点島」を観てこのことを思い出した。

―世界はこの場所で、お互いに繋がるんです。

この、これだけを聞けば気恥ずかしい台詞を言わせるために作品があるように感じたからである。おそらく、坂手洋二の眼目は、この一言を言わせるため、ということではないだろう。しかし、小劇場ではまず観ることができない竹下景子演じるヒロコが遠くを見晴るかしてこう言ったとき、そう感じてしまった。

さて、燐光群および坂手作品を何作か観ていた中で、今でも衝撃的に憶えているのは「屋根裏」の初演だった。そのリーフレットには確か、アトリエでできる芝居をつくることが目的、というようなことが書かれていたように思う。観たのは今はない扇町ミュージアムスクエアでだったが、広くない劇場に更に小さなスペースをつくり込んで、その空間でこんなに物語を膨らませることができるのか、と驚いた。初めて観た坂手作品が新宿梁山泊の「東京アパッチ族」だったのでそれは尚更のことだった。その後たて続けに観た「最後の一人までが全体である」や「阿部定と睦夫」でも狭い限られた空間が使われていた。今回の「チェックポイント黒点島」はその流れのひとつだといえるだろう。

舞台はかつて東西ベルリンの境界に置かれたチェックポイント・チャーリー(チャーリーはCを示すコード名。つまりC検問所)を基点に3つの世界が交錯する構成となっている。主婦のヒロコは同じ名のクリモトヒロコが描き、同じ名のヒロコが主人公の漫画「チェックポイント黒点島」の愛読者。ある日、読者ヒロコは道の真ん中にチェックポイント・チャーリーが置かれているのを見つける。漫画に登場する小さな検問所を見つけて読者ヒロコは喜ぶが、何年も前に第1巻が出ただけでつづきが読めないことが残念で、そのつづきが読みたくて仕方がない。その作者ヒロコは「チェックポイント黒点島」に行き詰っていた。エッセイなどを書いて食べてはいっているが、漫画は描けていない。思いついて、庭にチェックポイント・チャーリーをつくって、その中で構想を練っている。「チェックポイント黒点島」の主人公ヒロコは天文学者の夫を手伝う記録係。太陽黒点の観測のため、夫婦で東シナ海上を進んでいると、突然地殻変動に遭う。一旦その場を避難して戻ってみると、小さな島が隆起していた。夫婦はそこを黒点島と名づけて、チェックポイント・チャーリーそっくりの観測所を建てる。すると、沖縄、対馬、尖閣諸島からほぼ等距離にあるこの島の領有権を巡って、日本を含めた近隣各国、軍事拠点や漁業権を求めた国などの役人が黒点島にやってくる。夫婦は黒点島がどの国の領有となることも拒み、ただ通過する各国の人のパスポートにスタンプを押すだけのチェックポイントとして存在すると宣言する。と、再び地殻変動が起こり、夫は岩の割れ目に挟まってしまう。弱り目につけ込んで各国は交渉や脅しを繰り返すが、ヒロコは毅然として譲らない。

この読者、作者、主人公の世界を結ぶのが小さなチェックポイントである。三者の世界は決して重なるわけではない。現実(もちろん舞台の虚構ではあるのだけれど)に生きている読者と作者のヒロコが出会うわけでもないし、漫画の中の主人公ヒロコと話すわけでもない。しかし、チェックポイントがとりもつ関係性の中で影響し合う。国境や人と人の関係が分断されたことの象徴ともみられる検問所は、この作品ではそれぞれの世界の、まさしくチェックポイントのように、物語が通過してゆくのを見届ける役目を負っているのだ。

作者ヒロコは漫画の構想を見出してゆく。学園祭での講演を頼まれたものの依頼者が学生運動のリーダーであったために構内に入ることを断られたり、対馬にチェックポイント・チャーリーそっくりのバーあることを知って韓国との境に程近いところまで取材しに行ったりして、ようやく漫画のつづきを描き始めることができる。ヒロコは変わらず各国に屈しない。と、そこへまた地殻変動が起こる。岩に挟まれていた夫は飲み込まれてしまった、に見えたが、岩の割れ目を滑って海に出られた。と、見渡してみると東シナ海全体が隆起して、近隣諸国は地続きとなってしまった。隆起したところはまたも発見者となって黒点大陸と名づけた夫婦の管理するところとなったが、この大陸は太陽の黒点隆起に合わせて、11年毎に黒点島を残して、海になったり陸になったりした。このために各国は領有を諦めざるを得なくなる。そして、主人公ヒロコはチェックポイント黒点島の天窓から陸地になった海を見渡して、「世界はこの場所で、お互いに繋がるんです」と言う。

坂手洋二という劇作家は社会問題や世界情勢を扱うことに長けていることは事実だと思う。しかし、それらを扱ったとしても、どうという意見を作品として述べるのではなくて、そのものの意義をつきつめてゆくのが目的なのではないだろうか。そのために、この作品ではチェックポイントを何ヶ所もつくり、あぶり出されてくるものを提示している。この方法は狭い空間をさまざまに変幻させた「屋根裏」の変形版なのではないだろうか。そのあぶり出しの行き着いたところに、例の台詞が待っていた。竹下景子という役者の力もあるのだろうが、この言葉はきれいに響いていた。

ただ、少し気になるところがある。「この場所で、お互いに」という形容である。もちろん、チェックポイントは境界に設けられた窓だといえるだろう。お互いにその地点を通過することで繋がるがることができる。でも、「この場所で」とだけ限定できるものだろうか。
もうひとつ、竹下景子が3役で演じた3人のヒロコが、読者・作者・主人公という関係にあるのも気になる。読者と作者と作品の関係はありとあらゆるものに存在する。つくり手、つくられたもの、受け手、どれが欠けても何ものかを伝えようとする行為は成立しない。演劇でも、劇作家・演出家・役者と上演された舞台と観客、このどれが欠けてもひとつの作品が存在したことにはならない。
さて、舞台の上にあったチェックポイントが観客であった私たちにも働きかけているとしたら、と考えると、演劇である以上は自明のことなのだけれど、改めてそのことを示しているような気がする。というのは少々厄介な観方かも知れない。
(2006/12/16 大阪・精華小劇場 マチネ)
(初出:週刊「マガジン・ワンダーランド」第26号、2007年1月24日発行。購読は登録ページから)

【著者紹介】
高木龍尋(たかぎ・たつひろ)
1977年、岐阜県生まれ。大阪芸術大学大学院芸術文化研究科博士課程修了。現在、同大学院芸術研究科芸術文化学専攻嘱託助手。
・wonderlandサイトに寄稿した劇評一覧

【上演記録】
燐光群「チェックポイント黒点島」Check point Sunspot island
作・演出○坂手洋二

東京・下北沢ザ・スズナリ 2006/11/4~12/3
名古屋・名古屋市西文化小劇場 12/6~10
浜松・浜松市福祉交流センター 12/11
大阪・精華小劇場 12/13~19
福岡・イズムホール 12/21~22

<キャスト>
竹下景子 ……… ヒロコ
渡辺美佐子 …… 語り手/シズエ/チャーリー/ばばちゃん
大西孝洋 ……… 男/クニオ
川中健次郎 …… タドコロ/タチバナ/中年男
猪熊恒和 ……… ツヨシ/大学職員
中山マリ ……… ミドリ/中年女/ルーシー
鴨川てんし …… アンザイ/ジャンパーの男/父
江口恵美 ……… 学生/黄色い女/黒い女
内海常葉 ……… タナカ/学生/若者A/言わ猿
小金井篤 ……… キノシタ/学生/若者B/聞か猿
久保島隆 ……… その若者/青年/店主/見猿
裴優宇 ………… ワタナベ/帽子の男/別な青年
樋尾麻衣子 …… ハヤシダ/アキ
高地寛 ………… コンドウ/小猿
安仁屋美峰 …… ジュン/店員
伊勢谷能宣 …… ヒカル
嚴樫佑介 ……… 学生/息子
阿諏訪麻子 …… 学生/娘
樋口史 ………… 学生
桐畑理佳 ……… 学生

<スタッフ>
作・演出○坂手洋二
美術○二村周作
照明○竹林功(龍前正夫舞台照明研究所)
音響○島猛(ステージオフィス)
音響操作○勝見友理
衣裳○大野典子
舞台監督○大津留千博
演出助手○城田美樹
進行助手○清水弥生・坂田恵
衣裳助手○田近裕美
美術助手○深沢くみこ・馬本薫美
イラスト○石坂啓

宣伝写真○加藤孝
宣伝意匠○高崎勝也
協力○(株)アイ・バーグマン 岩渕ぐるうぷ
桃園会 オサフネ製作所 C-COM
高津映画装飾株式会社 東京衣裳
マイド 峰屋 岡野彰子 岡本有紀
加藤真砂美 川端恵美子 小林優
酒井淳美 園田佳奈 田中星乃
福永純子 増永紋美 召田実子
宮島久美 八代名菜子 矢野志保
制作○古元道広・近藤順子・小池陽子
Company Staff○江口敦子・向井孝成・杉山英之
宮島千栄・吉田智久・久保志乃ぶ

ザ・スズナリ開場25周年記念展『ザ・スズナリと燐光群の歩み』(公演期間中ロビーにて)

アフタートーク
【東京】11月
7日(火) 赤堀雅秋(劇作家・演出家 THE SHAMPOO HAT)・市川絵美(ザ・スズナリ)
13日(月) はせひろいち(劇作家・演出家 劇団ジャブジャブサーキット代表)・野田治彦(ザ・スズナリ)
14日(火) 流山児祥(演出家・劇作家・俳優 流山児★事務所代表)・本多一夫(本多グループ代表)
16日(木) 金守珍(演出家 新宿梁山泊代表)
【大阪】12月
14日(木) 鈴江俊郎(劇作家・演出家・俳優 劇団八時半主宰)

(公演記録は、燐光群webサイトから)

【関連情報】
『季刊せりふの時代』(小学館)2007年冬号に戯曲掲載。


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