パラドックス定数「東京裁判」

◎物語へのアンビバレンツを超克 成熟と未来を示唆する重要公演
高木登(脚本家)

「東京裁判」公演チラシ先般、NHK-BS2の「深夜劇場へようこそ」に出演したチェルフィッチュの岡田利規はこう言った。
「坂手(洋二)さんみたいに(社会的な問題に)コミットするのは自分にとって嘘になっちゃうんで」
林あまりから坂手洋二や鐘下辰男などの先行世代にくらべ、岡田の社会問題のとらえ方、表現の仕方が相当異なっているという話を振られてのことである。

同番組ではほかにも「演劇は虚構であり、日常からどれだけ飛躍したところでそれを立ち上げられるかという考え方があり、その一方で日常の身体、日常の言語を舞台に載せることがいちばんリアルで観客に表現を突きさすことができるという考え方がある、しかしいまのところ双方がお互いを高めあっていない、自分はおそらく後者に属するものであるが、前者も含め、ある表現がどれだけ射程を広げられるかということを考えていきたい、その結果として自身の表現スタイルが変遷して行くというような人生が送れたら良い」という発言もあった。それを見ながらわたしが考えていたのは、パラドックス定数と野木萌葱のことであった。

パラドックス定数の公演を観たのは第十一項『38℃』が最初である。このときわたしは、その堂々たる劇作に感心しつつ、物足りなさも感じた。ありていに言えば、品が良過ぎると思ったのである。それはある大学の公開医学講座の会場を舞台に描く、薬害を巡る緊密なサスペンス劇だった。一幕物であり、劇中時間と上演時間は同一で、オフで描かれる要素が非常に多い。この種の作品において、キャラクターと俳優の人間的迫力は必要不可欠なものである。それこそがその場では描き得ない過去や内面を実体化させ得る。だが、それぞれの登場人物たちの人生や葛藤を醸し出すにはそれぞれの人間臭さが足りなかった。会場となった渋谷space EDGEの空間は最後まで澄明な空気が支配していた。わたしはそれがもっと澱んでいてもよいと思っていた。

なぜそのようなかたちになったのか、わかったような気がしていた。野木萌葱にとって俳優に人間臭さを与えることは「嘘」になってしまうのだ。野木は自身が書いた戯曲と自身を取り巻く現実との接着点を探るように演出しているのだ。岡田が自分にとって嘘でない表現を探るうちにあのスタイルを発見したように、野木もそれを探しているのだ。岡田と野木がちがうのは、岡田が「嘘」になってしまうと言ったスタイルを彼女は捨てていないということで、つまり岡田よりは先行世代に近い社会問題への取り組み方、描き方をしているということである。けれど野木は岡田に近い自意識や問題意識を共有している。それはおそらく世代的なものだ。オーソドックスな物語を紡ぎながら、同時に物語への不信も抱えるアンビバレンツ。それがパラドックス定数のユニークなところであり、同時にネックにもなっていると思った。幅広い層に表現を突き刺す可能性を秘めながら、時に中途半端になる危険性をも併せ持つ。あと一歩、少しだけ前に足を踏み出せばいいのにと思っていた。その程度では野木の世界は壊れないし、野木の表現はさらに強度を増すだろうと。

前置きが長くなった。そのうえこの先述べることはさほど多くない。そんなわたしの感慨は大きなお世話だったようだ。野木萌葱は一観客の勝手な思い入れなどとうの昔に超克し、さらなる高みに上っていたのである。『東京裁判』はパラドックス定数の成熟と未来を示唆する重要な公演であった。

パラドックス定数が東京裁判を取り上げると聞いたとき、いったいどういう切り口で迫るのかと驚かされた。記録映画で四時間半を要した内容である。わたしは巣鴨プリズンの被告たちを描くのだろうか、などと凡庸な想像をしていた。会場となるpit 北/区域に行ってみれば、ステージ上にはテーブルが一台のみ。これが極東軍事裁判法廷の弁護人席となるのである。なるほどと思った。この卓抜した着想で舞台の半分は成功したようなものである。

「東京裁判」公演1

「東京裁判」公演2
【写真は「東京裁判」公演から。撮影=渡辺竜太 提供=パラドックス定数 禁無断転載】

弁護人たちは鵜沢聡明以外架空の名前が付けられており、これが東京裁判という歴史的事実を基にした虚構であることが暗示されている。見えない判事や検察官との激しい応酬、弁護人同士の衝突や葛藤、彼らのやりとりが白熱するにつれ、東京裁判の不当性があきらかになり、彼らの、引いては日本の孤独があきらかになっていく。芝居がクライマックスに到るのと反比例するように徐々に照明が落ちていく巧みな演出。劇は、それでも異議を申し立てる弁護人たちが起立するところで終わり、同時にすべての照明が落ちる。

史実と虚構をスリリングに織りまぜながら、わずか九十分、演劇でここまでできるのかと圧倒された。小規模の劇団でこれほどの達成は驚異である。パラドックス定数と野木萌葱はそれをした。アンビバレンツの危うさは、もはや微塵も感じられなかった。
(文中敬称略。なお引用した岡田利規氏の発言の要約文責は筆者にある)
(初出:週刊マガジン・ワンダーランド第72号、2007年12月12日発行。購読は登録ページから)

【筆者略歴】
高木登(たかぎ・のぼる)
1968年7月、東京生まれ。放送大学卒。脚本家。テレビアニメ「TEXHNOLYZE」「恋風」「地獄少女」「バッカーノ!」などを手掛ける。劇団「机上風景」座付き作家として「複雑な愛の記録」「グランデリニア」などを発表、「幻戯(げんぎ)」を作・演出。2007年6月退団。
・wonderland掲載劇評一覧:http://www.wonderlands.jp/archives/category/ta/takagi-noboru/

【上演記録】
パラドックス定数 第14項『東京裁判
pit 北/区域(2007年11月29日-12月2日)

作・演出
野木萌葱

出演
植村宏司 十枝大介 西原誠吾 井内勇希 小野ゆたか

前売 2500円 当日 2800円


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