The Vagina Monologues (ヴァギナ モノローグス)

◎『ヴァギナモノローグス』の御開帳
杵渕里果

「ヴァギナ モノローグス」公演チラシもう十年も前のことだけど、TVタックルで田嶋陽子がこんなことを言っていた。
「オトコの性器は〝キンタマ”って“金”がつくのにオンナにはそういうのないじゃん!」
私、そんなことないと思った。


“玉門”
父の書斎に戦前のエロ本があって、そう書いてあったの。これ“キンタマ”に匹敵すると思うわ。
『ヴァギナモノローグス』に応用して和訳するなら「玉門放送」でございましょう。だからこのくそ熱い時期に上演するのだわ。しかも今回、〈手話×朗読〉ですって。きっと件の放送の、聞き取りにくさに由来したのと存じます。

しかしさて、あんまり期待しないで観にいったの。
だってこれ、アメリカのフェミニズム演劇なのでしょう? まんこがしゃべる。しかも政治的に正しいことを。ブキミだわ。チラシにはこうあるの。
〈それぞれのヴァギナのものがたり〉
ていわれてもねえ。どうも人面相みたいなものを想像してしまうし、みょうちきりんよ。

ところで、あとで調べたのですが、〈ヴァギナ〉とは〈膣〉のことでした。だから〈玉門〉〈まんこ〉の訳は間違いです。もっとうちっかわ、性器といっても内臓よりの、「膣・モノローグス」でございましたの。
でも、この用語を使ったことでアメリカ人はものすごく戸惑ったみたい。
だって最初のモノローグが、夫に陰毛を剃れといわれて(パイパンフェチと存じます)、たいへんな傷を負った女性のモノローグなのよ。ヴァギナ…膣を、剃ります? 剃れません。
もちろん、深刻なレイプについての話もあって、それはそのままで正しいでしょう。〈ヴァギナ〉でコレクト。でも、毛の剃れる外側の話もあったのよ。
アメリカ人だと当然、英語のネイティブなわけで、〈ヴァギナ〉の一語であっちもこっちも指し示すものだから、頭にきちゃった人もいたみたい。
「この演劇における『腟』のしつこい誤用は、青少年の内外生殖器についての『体の地図づくり』を疎外する」とか、「これは心理的な生殖器の切断であり言語によって外科医のナイフと同じぐらいパワフルに女性性器を切除した」とか、喧々諤々あったらしいわ。
でも、観せるがわもアメリカ人じゃない。
誰になんといわれようと女性のための演劇である、と「運動」になさったのね。
『V-Day』という団体が、毎年モノローグを集ってはバージョンアップをつくり、女性や少女への暴力をうったえる活動を続けているらしいわ。
つまり『ヴァギナモノローグス』は、マヌケとエライが半分半分な演劇なのですわ。私思いますに、膣という外性器を除いた語での性被害の呼びかけは“マヌケ”なかんじがいなめませんが、いろいろな声に応答し動き続けることで“エライ”の分量を増やさんというコンセプトなのでございましょう。

さて今回、俳優座劇場での『ヴァギナモノローグス』。
用語としては〈ヴァギナ〉九割、ほんの要所のみ日本語〈まんこ〉を用いておりました。
しかし、それとまた別の理由から、エライとマヌケが半分半分、というかんじがいたしましたの。
まずマヌケなとこは、俳優座、でやったことよね。
とってもかわいらしい女優がいたの。
細くて白い、髪もさらさらつやつや、おんな目にもきれいな娘で、最後のシーンで上着をぬいでシックな黒のシュミーズになったのよ。
彼女、「ヴァギナをしめつけるからガードルはいらない。ヴァギナはきれいだから洗浄ビデはいらない」といった台詞にあわせ、手話を、パントマイムのように全身でやっていくの。すると、ヘレン・ケラー的な、う、う、う、という、喉の声が、もれるのね。
日本最初のろう女優、とのこと。彼女にはファンがついたらしく、わっはわっは大きい声で笑ったり拍手するかたがいらして、まぁ、オヤジ客ですわ。
俳優座って、男子禁制な雰囲気まったくないのよね~。
『ヴァギナモノローグス』って、いっぽ間違えると、男性週刊誌の女子大生匿名告白ポルノになりかねないつくりでもあるのよ。うら若い淑女の性器まわりのすこし生真面目な語らいに紳士が聞き耳をたてる、ような構図がすぐできてしまうの。
オトコといってもいろんなかたがありますし、オンナといってもいろんなかたがありますので、セックスで観客を選り分ける必要はまったくないとおもうのですが、俳優座でなく宝塚劇場借りるとか、携帯電源のついでに紳士に声帯をお切り頂くとか、オトコせいを不能たらしめる工夫がもうすこしあってほしいものよね。

では、エラかったとこ。
それは、深追いしなかったとこよ。
この演劇では途中、「みなさん『まんこ』と言いましょう」と、このテの演劇にありがちな呼びかけがなされるの。女優たちは二回呼びかけ、応じた声も合計二人くらいだったけど、よしとして去ったのよ。エラかったわ。
叫んだからって人生のエポックにも思い出にもストレス解消にもなりませんものね。女優さんも分ってらしたみたい。職人的に台本どおり呼びかけるわよ、といった仁義が伝わってきたの。
また、〈手話×朗読〉という仕組みもよかったわ。
ひとつのモノローグに俳優が二人建てになるので、まるで洋画のようなアテレコの雰囲気になったの。「アメリカではこういう運動演劇があります」「ふーん」という日米の距離感覚そのままを観た気がいたしました。
けど、手話がゆえに聴覚が不自由な女性に寄与するのかは、よくわからないのよね。健常者のモノローグしかないし。
アフタートークに映画監督の早瀬憲太郎氏 (『ゆずり葉』、日本ろうあ連盟創立60周年記念映画)がいらして、彼が手話で仰るには、「手話でみられる演劇は非常に少ない」そうなので、いわゆる希少価値はあったのでしょうね。
だがしかし、いわゆる「フェミニズム演劇」なのかもよくわからないのよね~。
舞台には巨大な毛糸球がありまして、出演者全員が太い編み針で巨大なニットをこしらえながらモノローグしていくの。場面転換のときには掃除機ぶーぶーしながらお掃除よ。これって性別役割分業にまったく同意してるのよね。
衣装も黒のレースやシルクで“フェミン”なレディスお洒落満載なの。
この演出を雑誌で喩えるなら、『クロワッサン』のシンプルな部屋着によるハイソな家事特集の空間に、『婦人公論』のどえらい性的本音告白がくりひろげられ、でも女優の齢はまだ『CREA』、のかんじかしら。
かんがえてみれば日本では、ほんの数百円の雑誌でもって淑女が保守的な価値感のままたいへんな告白を共有できてしまうのよ。すごい国よね~。
そのためかしら。『ヴァギナモノローグス』の手続きってもぉ、見るからにめんどくさいの。
モノローグを終えるたびに〈あなたのヴァギナが何か着るとしたら〉〈ヴァギナが口をきくとしたら〉〈匂いは〉、必ず三つ聞くの。うざったいわ。
だから「まんこ」の大合唱を深追いしないの、ほんと、正解だと思うよ。

それにしても“着衣ヴァギナ”ってなんなのかしらね。んなの想像してエンパワーになるのでございましょうか。
面白かったのは、“鍋つかみをイメージして暮らしてきたのに、ボブが拝んでくだすって救われた”というモノローグよ。ちなみにボブがさいしょのおとこじゃないのによ。
彼女は、「まんこ=きたないきたないきたないきたない」と諭されて育ったらしいの。
「お便所」というか家庭的な価値規範のソト側に出てしまった淑女が「きたな」がられて「きたない」と自分でも思っちゃうのはありそうだけど、生まれたときから「自分で見ても触ってもいけないほどきたない」なんて、びっくりよ。宗教かしらね。こわいわ。
日本だと「ののさま」じゃない。たしかに経血とか違法な殿方の精液とかで穢れだなんだあるにせよ、「のの」である以上“罪を憎んでまんこ憎まず”でしょう? アメリカン・ヴァギナは“原罪ヴァギナ”なのね。それゆえ服着せ喋らせ嗅いでやりと、三段重ねの自尊心回復キャンペーンが要るのかしらね。
“ボブ”の彼女に「ののさま」の存在を教えてさしあげたいわ~。
今回の俳優座では、「そそ」とともに「のの」も紹介されたけど、アメリカン・ヴァギナズにこそ逆輸入さしあげないとならなくてよ。
でないと本気で“モノローグ”に終わっちゃうわ。女性差別や性被害は世界中にあれど“原罪ヴァギナ”はかなりローカルな問題と、アメリカン・ヴァギナを患われた皆様はご存知なのかしら。
作者のイヴ・エンスラーのライフ・ワークは、〈女性が自由に生活できる世界を目指〉した〈暴力廃止〉ですって。たぶん覇権国女子として勝手に先陣を切り孤独を背負ってしまわれたのね。
これは「アメリカン・ヴァギナモノローグス」という悲哀の演劇なのですわ…。
ところが本邦俳優座、〈今回、私たちアジア人が演じ、しかも手話を取り入れた内容へ〉と、ひたむきな輸入にいそしんでしまわれ、
“畏れ多くも盟友米国女性運動に於かせられましては必ずや万世万国婦女子の安寧と幸福を祈らせ給ひ、殊に親御ヴァギナズ、くさゞの御物語集『ヴァギナモノローグス』たるや極めて御厳格に皇国被抑圧婦女子の理想たる御自由御解放の道を示し給ふこと深大なれば神風観音菩薩の御演劇と奉り謹んで御開帳”あそばしてみえ、そこのとこはエライよかマヌケにございました。

P.S.
このように評したところ、「エライとマヌケが半分半分」でなくなってる、と指摘されたの。
「エライ」を強調しとくと演出や演技が垢抜けてたとこね。(本文では、女性ファッション誌みたいでキレイ、と賞賛したつもりなのよ。)
なにしろ俳優座は六本木、誰しもお洒落したくなるんでしょうけど、青と白、絽の着物の二人連れがいたの! 私、そんな恰好考えつかなかったわ~。きっとメールで「今度は着物で行きませう! 『ヴァギナ・モノローグス』って何時から?」とか装いをしめし合わせたのよね。
終演後、彼女らはしげしげとアンケート用紙をうめてらっしゃいました。
エンズラーのアングラ劇は、ハリウッド女優による朗読大会によってブレイクしたそうだけど、今回の俳優座バージョンでは、華々しい芸能人をいっさい起用せず、演出と演技陣のセンスいっぽんで公明正大なお洒落演劇に仕立てることに成功したんだと思うわ。「エライ」。
(初出:マガジン・ワンダーランド第155号[まぐまぐ!, melma!]、2009年9月2日発行。購読は登録ページから)

【筆者紹介】
杵渕里果(きねふち・りか)保険業
1974年生れ。都内の演劇フリーぺーパー『テオロス』に演劇批評を書き始める。『シアターアーツ』も掲載あり。いまのところ好きな劇団:三条会、少年王者舘。好きな俳優:山村崇子(青年団)、稲荷卓央(唐組)。復活してほしい劇団:劇団八時半
・ワンダーランド寄稿一覧:http://www.wonderlands.jp/archives/category/ka/kinefuchi-rika/

【上演記録】
The Vagina Monologues (ヴァギナ モノローグス)
http://www.sapazn.net/TVM.html
東京・六本木 俳優座劇場(2009年8月17日-23日)
作 イブ・エンスラー
出演
〈手話〉
イザベル・ヴォワズ(IVT・フランスろう女優)
忍足亜希子(Milk It Inc)
大橋ひろえ(サイン アート プロジェクト.アジアン)
〈朗読〉
西田夏奈子
足立由夏(InnocentSphere)
大窪みこえ(WAHAHA本舗)

スタッフ
演出 平松れい子
翻訳 小澤英実
舞台監督 酒井詠理佳
舞台監督助手 坂野早織
舞台美術 加藤ちか
照明 大野道乃
音響 荒木まや
衣装 さとうみちよ
宣伝美術 京

手話通訳 柿本恵美子、井出敬子
日本ーフランス手話通訳 永井弓子

協賛 KDDI株式会社/株式会社セドナ/ナップエンタープライズ株式会社/株式会社サティスホーム
後援 在日フランス大使館/全日本ろう者演劇会議
助成 芸術文化振興基金vmonologuesma-kku.jpg
協力 IVT、WAHAHA本舗、株式会社ミルキット、ナゴヤプレーヤーズ、ステージオフィス、世田谷福祉専門学校・手話通訳学科、Queens
制作 廣川麻子(日本ろう者劇団)、田中真実、福島悠佳
制作協力 社会福祉法人トット基金日本ろう者劇団
企画・製作  サイン アート プロジェクト.アジアン

入場料 前売4500円 当日5000円 プレビュー3500円(8月17日・前売のみ)

トークショー・ゲスト:
8月18日(火)19:00 早瀬憲太郎 (映画監督/脚本「ゆずり葉」)
8月20日(木)14:00  喰始(たべはじめ) (WAHAHA本舗 主宰・演出)
8月20日(木)19:00 斉藤里恵(筆談ホステス)
8月22日(土)14:00 ピーコ (ファッションジャーナリスト)
8月22日(土)19:00 尾辻かな子(前大阪府議会議員、レズビアンアクティビスト)
8月23日(日)14:00 オールキャスト

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