◎前代未聞のボーン・ジャムセッションこそ、遅れてやってきた怒れる若者マーティン・マクドナーの真骨頂だ!
佐々木眞
ロンドン生まれの悪童、マーティン・マクドナーが両親の出身地であるアイルランドのリーナン地方を舞台にした悪漢演劇3部作シリーズの2作目がこれです。題名の『コネマラの骸骨』のコネマラは、そのリーナン地方を含めた景勝地の名前だそうですが、景勝地とは似ても似つかぬ「正体不明の謎の男の殺しの疑惑」が今回のテーマなのでしょうか。
それにしても第1作の『ビューティークイーン・オブ・リーナン』、第3作の『ロンサムウエスト』の真ん中に挟まれた本作も、若くて挑発的な作者の大ボラ吹きと出たとこ勝負の悪ふざけぶりは相変わらずで、その不遜な行き方は「顰蹙は買ってでも引き受けろ」とのたもうたどこかの国の出版社の社長を思い出させます。
主人公ミック・ダウドは、その風体からして怪しい謎の中年男です。しかもミックの職業は、教会の墓地の墓掘り人夫ときています。
リーナン地方は狭くて岩地が多いので埋葬場所が乏しく、しばらくは教会の墓地に埋められていた遺体を何年か経つと掘り出して骸骨にして保存するほかないのです。
舞台は最初はこの男とアイリッシュ・ウイスキー好きの近所のおばあさんとの静かな世間話から始まるのですが、彼女の孫の単細胞な悪童マーティン・ハンロンの突然の闖入によって、疾風怒涛のスラップスティック大騒動が始まります。ミックは7年半前に妻に死なれたのですが、それは事故に見せかけた殺人ではないか、という地元の黒い噂をマーティンがほのめかしたからです。
やがて舞台は真夜中の不気味な教会墓地へと転換します。これはおそらくシェークスピアの『ハムレット』の墓掘りシーンのパロディなのでしょう。
神父の依頼を受けたミックと即席の助手のマーティンは墓穴の死骸を掘り出して骸骨を回収しています。ここでミックは、マーティンの兄で警官をしているトーマスの立会いのもとで埋葬された妻の墓を掘ったのですが、なんと死体はもぬけのからでした。
その犯人は誰か? 怒り狂ったミックは木槌をつかんで外に飛び出していき、ここから事件は観客が誰一人予想もしなかった阿鼻叫喚の急展開を見せます。「静かなる男」が、突然激情に駆られて「殺人鬼」に変身するのが人間ならば、その同じ人間が「愛と友情」に目覚めて泣き笑いすることもあるのだ、と作者は若いに似合わずもっともらしく悟りを開いているようでもあります。
いずれにしてもこのお芝居の最大の見せどころは、「骸骨の百叩き」でありましょう。悪童の大先輩ミックと現役小悪童のマーティンが、墓地から掘り出したコネマラ特産の骸骨を映画『2001年宇宙の旅』の猿人のように代わる代わるパーカッションのように激しく木槌で叩くのです。
火花のように砕け散り観客席のかぶりつきめがけて劇場狭しと飛び交う骨、骨、骨!
とどのつまり私たちは、この前代未聞のボーン・ジャムセッションを見物に来たのでした。
演じる方は楽しいでしょうが、白昼舞台の上で繰り広げられる悪夢のような「骸骨叩き」を眼の前で見せつけられるけったくその悪さといったらありません。吐き気が出るようなおぞましくも華々しいこの黒ミサ、神と人類と死者へのこの禍々しい冒涜こそが、およそ半世紀も遅れてやってきた怒れる若者、マーティン・マクドナーの真骨頂なのでしょう。
ちんぴらマクドナーの挑発に乗った私は、思わず彼らの木槌を奪い取って狂気の骸骨百叩きに参加したくなりました。
♪たかが芝居というなかれ神をも恐れぬこのサバト見物するな即参加せよ
茫洋
(初出:マガジン・ワンダーランド第163号[まぐまぐ!, melma!]、2009年10月28日発行。購読は登録ページから)
【筆者略歴】
佐々木眞(ささき・まこと)
1944年京都府生まれ。早稲田大学文学部卒。ライター、文化服装学院非常勤講師。
・ワンダーランド寄稿一覧:http://www.wonderlands.jp/archives/category/sa/sasaki-makoto/
【上演記録】
演劇集団 円 公演「コネマラの骸骨」
10月9日~21日 ステージ円
作 マーティン・マクドナー
訳 芦沢みどり
演出 森 新太郎
出演 山乃廣美 石住昭彦 吉見一豊 戎哲史(円演劇研究所)
スタッフ
美術:奥村泰彦 照明:佐々木真喜子 音響:藤田赤目 衣裳:緒方規矩子
舞台監督:田中伸幸 演出助手:林紗由香 宣伝美術:坂本志保
イラストレーション:木村タカヒロ 制作:桃井よし子 宮本良太
料金 全席指定 一般4800円 学生3500円 ペアチケット8600円
後援:アイルランド大使館
平成21年度文化芸術振興費補助金(芸術創造活動特別推進事業)