★カトリヒデトシさんのお薦め
・維新派「台湾の、灰色の牛が背のびをしたとき」(犬島精練所跡 野外特設劇場7月20日‐8月1日)
・百景社 野外公演2010「授業」(茨城県つくば市豊里ゆかりの森 特設野外劇場7月8日‐11日)
・第17回BeSeTo演劇祭(新国立劇場・こまばアゴラ劇場・アトリエ春風舎・静岡県舞台芸術公園・鳥の劇場 6月29日‐7月25日)のうち、柿喰う客「Wannabe-日中韓俳優出演・3カ国語版」(アトリエ春風舎 6月29日-7月19日)
★鈴木励滋さんのお薦め
・「吾妻橋ダンスクロッシング」(アサヒ・アートスクエア7月16日‐18日)
・ミクニヤナイハラプロジェクト「幸福 オン the 道路」(STスポット7月2日‐4日、9日‐11日)
・toi presents 5th「華麗なる招待‐The Long Christmas Dinner‐」(STスポット7月23日‐8月1日)
★徳永京子さんのお薦め
・ブス会「女の罪」(リトルモア地下7月29日-8月10日)
・劇団、江本純子「婦人口論」(東京芸術劇場小ホール7月15日‐25日)
・「空白に落ちた男」(パルコ劇場7月24日‐8月3日)
鈴木励滋 まず「吾妻橋ダンスクロッシング」か「トヨタコレオグラフィーアワード ネクステージ‐最終審査会‐」かを迷ったんですけど、吾妻橋の方を。初めての人にはトヨタはダンス色が強いかなと。吾妻橋のチラシでは、ダンス・演劇・アート・音楽・お笑いと銘打っていて、ダンスを見たことがない人が行ってみようというきっかけになるのじゃないかと思いますので。追加出演者としてチェルフィッチュが話題になってますが、off-NibrollやLine京急(17日夜のみ)も出ますね。ダンサーではKENTARO!! が面白いです。街で踊ってる若い人たちにも見てほしいなぁ。
徳永京子 ストリートダンス系なんですか?
鈴木 ええ、そういうところから出てきた人です。この間の「flat plat fesdesu」でも、とてもエネルギーのある踊りで、もはやストリート系という名付けに納まらないので、ぜひ。
次はミクニヤナイハラプロジェクト「幸福 オン the 道路」。主宰の矢内原美邦さんは、Nibrollでダンスをやり、こちらでは演劇をということなので、強引にジャンル分けをするとすれば演劇ということになりますね。前作は「五人姉妹」がすばらしかったです。前々作は「青ノ鳥」で、「青ノ鳥」では岸田戯曲賞候補になりました。どちらも、STスポットで始めてほかでもやってさらに本公演と、積み重ねていく作り方をしていたので、今回もそうなのかもしれません。セリフ回しが高速だったりするんですが、セリフを吐くということを含めて、振付の一部だと言えるのかなあ。出演者も、ダンサーではなく、黒岩三佳さん(あひるなんちゃら)や光瀬指絵さんといった役者さんたちです。
最後はtoi の「華麗なる招待‐The Long Christmas Dinner‐」。原作はワイルダーで、ワイルダーフェスティバル「Wi! Wi! Wilder! 2010」の一作品です。坂口辰平さん(ハイバイ)、後藤飛鳥さん(五反田団)、立蔵葉子さん(青年団)や、チェルフィッチュに出ていた青柳いずみさん、僕がずっと気になっている召田実子さんなど錚々たるメンバーが出ます。演出の柴幸男さんを評するのは難しい…。彼の書くものは、ある意味幼いですよね。でも響くところはあるんです。たとえば、小さい頃死ぬのが怖いと思ったりするじゃないですか。今でもそれを純粋に思ってる人なのかなと。それは誰の根っこにもあることだけど、僕らはそれをうやむやにして生きてきてるんですよね。けれどもそこの解決の仕方を、怖い人が怖いまま言ってても、ごまかしてる者には響かないので、柴さんなりのその先をいつ見せてくれるんだろうと、ずっと思っています。ただ、わかりやすい〈死後の世界〉とかいう物語なんかでごまかさないで、怖がり続けて生きているのは相当重要なことだと思うんですよ。その先というのが、ほかの人の作品を扱う中で出てくるのかなあ。
カトリヒデトシ 彼はやっぱりワイルダーが好きなんでしょうね。ワイルダーの「わが町」が「わが星」の下敷きになってると思えるし。彼はとにかく演出が見事だからね。すごくわかりやすい通俗的とも言えるテーマなんだけど、仕立てのきれいさ、斬新さでびっくりさせますよね。
鈴木 そう、通俗っていう悪口を言われてるかもしれないんだけど、そうじゃなくて純粋なんだとだと思う。
徳永 鈴木さんがおっしゃったように、柴さんは〈死〉とか〈老い〉を真剣に怖がり、考えているんでしょうね。考えた先には、うやむやにする、絶望するなどの選択肢もあると思うんですが、彼は誠実に悩んだ末に「すごく怖いけど、老いとか死の先に何かが続いていくことを信じる」を選んでいる気がします。確かに柴さんの作品には「現実はそんなに優しくないよ」と思うところもあるんですけど、うやむやにしてきた人や絶望した人に「もう一度考え直してみるか」と思わせる多幸感というか祝祭感を持っていると思います。
鈴木 だからこそ、表現者としてはその先を示してもらいたいですね。いい話を作れるところでとどまる人じゃないと思います。
徳永 私の最初の2本は、女性劇作家シリーズです。まず、第1回ブス会「女の罪」。作・演出は、ポツドールの〈女〉シリーズを手掛けていた溝口真希子さんことペヤングマキさん。女の人が書いてるにしては突き抜けてて面白いという噂を聞いてました。その溝口さんが、わざわざブス会と名付けて女優さんだけで芝居をつくるところに惹かれます。ところで、これまで女性劇作家がつくった芝居というと、過去の恋愛の恨みつらみや母親との確執なんかをいかに赤裸々に描くかとか、あるいは、現実の人生には起こりえない「こんなに複雑で面倒臭い私のことを、完璧に理解してくれる素敵な彼氏が現れて!」みたいな(笑)大島弓子系ファンタジーが多かったと思うんです。でも最近、女性劇作家の数が増えてバラエティに富んできたのか、時代全体が〈女性性主張期〉を脱したのか、そうじゃないものを書く人も出てきていて、それはブス会にも、次にお薦めしたい劇団、江本純子「婦人口論」にも期待するところなんですよね。女の嫌なところを笑いもし、反省もし、武器にもし、というとても知的な作業ができる人たちが増えていて、すごくいいなと思っています。劇団江本の方は去年の「セクシードライバー」を見て、内容はどうでもいいのに人間のおもしろみを延々と続く会話劇で書ける江本さんが、劇作家として新鮮でした。
鈴木 あれで岸田戯曲賞候補に挙がりましたね。
徳永 はい。あと、この2つに共通するのは、キャストがいいこと。ブス会には、安藤聖さん、岩本えりさん(乞局)、玄覺悠子さん、仲坪由紀子さん(元ハイレグジーザス)などが出ます。
カトリ HPには、出演者全員が裸で背中を向けてる写真が出てますよ。
徳永 それは見たい! 劇団江本には馬渕英俚可さん、初音映莉子さんに加えて、ノゾエ征爾さんや津村知与支さんなど、器用だけど味のある男優さんが出ていて惹かれます。キャスティングは作・演出家だけで決めたのではないかもしれませんが、そうだとしたら、ちゃんとセンスを持った人がスタッフとしてかかわっているのもいいなあと。女性が劇団の中心にいるとワンマンになりがちという事例を、これまでたくさん聞いてきたわけで。イケメンを起用して、稽古中にどんどんセリフが増えていくとか(笑)。
鈴木 職権濫用的な(笑)。
カトリ 昔の、第一世代の男性カリスマ主宰者と似てますね。今は、男がヘタレばっかりだからね。
徳永 この2つは、そうじゃない路線というのもいいですね。最後は「空白に落ちた男」。
カトリ・鈴木 これはすごいでしょう!
徳永 私は、おととしベニサンピットでやったのを見て、その時も日を追うごとに評判になって当日券のお客さんが多かったようですが、リピーターになるのがよくわかりました。
カトリ 小野寺修二さんのマイムは、演劇人は絶対見るべき。言葉はないけどテキストに基づいていて、なおかつ体だけでこんな豊かなストーリーが表現できるのかと驚かされる。失礼だけど小柄な冴えないおじさんに見える方なのに、動きが誰よりも際立っていて「神様!」と言いたくなります。
鈴木 バレエの首藤康之さんも、マイムとしてきちんとやっている。何といっても、マイムの人たちってまじめだなぁとつくづく思います。ひとつでもズレればご破算になるような細かい段取りを全員が見事にこなすから成り立つ。
徳永 今回新たに、コンテンポラリーダンスの安藤洋子さんと藤田善宏さん(コンドルズ)が出演します。お二人は体にキャラクターがついてる、つまり、物語を増幅できる身体を持った方たちなので、さらに作品が豊かになるのではないでしょうか。松岡泉さんの美術、今回がどうなるかはわかりませんが、前回はすごく変わっていて、天井に扉がついていたり、壁に引出しがありました。それが階段になったりするんですよ。壁から引き出しが出る、一段上がる、すると下の段が消える、その連続。大人の男性が主人公だけど、ちょっと「不思議の国のアリス」みたいな、サスペンスとファンタジーを動きにしたらこうなるねっていう舞台。実は私、マイムってそんなに好きじゃないんです。ないものをあるものとして、それを大前提として認識させる感じがちょっとうっとうしいんですね。でもこの作品では、ないものがないようには見えないんです。「空白に落ちた男」というタイトルですが、むしろ空間に空白がなくて、すごくイメージの密度が高い。人が入れ替わったり、壁を抜けたりするんですけど、壁ないよねとかツッコむ瞬間がないんですよね。ぜひ今回も見たいです。
カトリ 私はまず、岡山県犬島でやる維新派「台湾の、灰色の牛が背のびをしたとき」。〈〈彼〉と旅する20世紀三部作#3〉 ということで一つの区切りになります。維新派は日本を代表するカンパニーなので、一度は見ておいた方がいいと思います。
徳永 12月には彩の国さいたま芸術劇場でもやりますよね。
カトリ はい。ただ、どうしても犬島で見たい!と思わせるのは、ロケーションだけじゃないんです。舞台模型(*)から想像すると、銅精錬所跡地に〈遺跡〉がつくられるみたいです。なんせ今回は丸太3000本を組み上げ〈海の道〉を作るというコンセプトらしい。維新派は舞台美術じゃなくて建築ですから(笑)、やっぱ外で見たいでしょう。行かなきゃ!
次は百景社「授業」。つくば市豊里ゆかりの森での野外公演です。ここの魅力は、品のある下品さ。ただやみくもに下品だとか、パワーだけで粗雑というところはほかにもあるんだけど、そういうんじゃない。裏側に精神性の高さを感じるんですよね。
鈴木 下品というのは登場人物がってことですか?
カトリ いや、内容じゃなくてね。見た目がチープだったり、雑だったり、衣装が変だったり、役者が戯画的な動きをしたりする。でも、きちんとした脚本の分析・理解に基づいた必然性があるので、下品に見えない。この作品で、去年の利賀演劇人コンクールでは、構成・演出の志賀亮史と主演の村上厚二の2人が優秀演劇人賞をとりました。今回の稽古を見に行ったら、配役3人の「授業」に6人が出るんだけど非常に工夫されていて、プラスの3人が面白いからみ方をします。
最後は、作品1本というのではなく、本当はBeSeTo演劇祭(**)をお薦めしたい気持ちなんです。BeSeTo演劇祭は1994年から始まる日中韓3カ国の演劇祭。北京(Beijing)、ソウル(Seoul)、東京(Tokyo)ってことです。時代の状況から、タイとかインドネシアとかは加わっていないんだけど、東アジアの国際文化会議として16年にわたって続いているものです。3カ国持ち回りで、今回は6巡目の東京開催。打楽器の高田みどりさんや川劇(せんげき:中国四川省の伝統演劇)、韓国の「リア王」など9作品が上演されます。ここにSCOT(スズキ・カンパニー・オブ・トガ)、青年団や、若手の柿喰う客が出ます。すでに日本を代表する2つと、これから世界に向けても活躍していくであろう若手のカンパニーという感じだと思います。それらが一堂に会するのは意味のあることでしょう。平田オリザの代表作「東京ノート」は、3カ国語版と新キャスト版があって、後者は前とずいぶん雰囲気が変わっているそうで楽しみです。
徳永 新国立劇場でやるそうですが、中劇場ですか? それだとびっくりですけど。
カトリ エントランスロビーのどこかだそうです。あそこは空間が広いから、設定である美術館の雰囲気は充分ですね。SCOTは、BeSeToの常連で、20年以上国際的に活躍し評価され続けている、富山県利賀が本拠地の劇団です。東京で見られる機会は貴重ですからぜひ。2006年に同じ新国立で16年ぶりの東京公演をやったんですが、その時も今回と同じ「シラノ・ド・ベルジュラック」でした。明治の書生劇、壮士劇風の仕立てです。再演を重ねて練り上げていく劇団ですので、毎回楽しみですが、おととしの利賀フェスティバルでは、ナイアガラ花火を突っ切って、袴姿の主人公が番傘を差して去っていくラストでした。忘れられないなぁ。こういうベテランと並んで、柿喰う客が日中韓俳優出演3カ国版の「Wannabe」を上演するというプログラムが、私はいいと思っているんです。
鈴木 柿喰う客は青年団系でも利賀系でもないですしね。
カトリ 若手の代表のような形で選ばれたのには、異論もあるところでしょうが、その活躍ぶりだけじゃなく、作品性の高さからいってもおかしくないと思います。私は最近、「を」「で」「な」という区分けを考えていて、「を系」はテキスト「を」やる、脚本「を」演じる人たち、「で系」はテキスト「で」やる人たち。「を系」は、作家が脚本を書くのが前提の、物語重視な感じ。演劇全体の8割近くを占めていて、当然高いレベルのものもありますよね。今回の青年団とか。「で系」は、SCOTを筆頭にする、すでにある脚本を演出によって〈再生(=もう一度生きなおすこと)〉を志す人たちだと思います。だからさっき紹介した百景社もそうだけど利賀系が多い。これもまた大事な演劇です。
鈴木 演出重視ということですね。
カトリ そうです。「な系」というのは、テキストがない、あるいはチェルフィッチュのように重要なテキストであっても、それが中心ではないという人たち。モモンガ・コンプレックスとか、岡崎藝術座とか、もちろんダンス的な身体表現系の人たちもここに入るでしょう。そう考えると、柿喰う客は「を系」でもあり「で系」でもあるところがすごいと思うんです。主宰の中屋敷法仁はテキスト重視の時も優れたものを書くし、演出重視の際も見どころがある演出プランを提示するし、ほかにはないものが必ず見られます。今回も期待しています。
(6月13日 東京都渋谷区内にて)
(初出:マガジン・ワンダーランド第197号、2010年6月30日発行。購読は登録ページから)
〈カトリヒデトシさんからの参考情報〉
(*)維新派舞台模型とポスター撮影の様子
http://www.ishinha.com/ja/inushima1/stagepic.html
http://www.youtube.com/watch?v=1_Xd6xpz964&feature=youtu.be
(**)BeSeTo演劇祭ブログ
http://beseto.blog106.fc2.com/blog-entry-2.html
http://beseto.blog106.fc2.com/blog-entry-5.html
実行委員長平田オリザインタビュー
http://beseto.blog106.fc2.com/blog-entry-3.html
http://beseto.blog106.fc2.com/blog-entry-4.html
【出席者略歴】(五十音順)
カトリヒデトシ(香取英敏)
1960年、神奈川県川崎市生まれ。大学卒業後、公立高校に勤務し、家業を継ぎ独立。現在は、企画制作(株)エムマッティーナを設立し、代表取締役。「演劇サイトPULL」編集メンバー。個人HP「カトリヒデトシ.com」を主宰。
・ワンダーランド寄稿一覧:http://www.wonderlands.jp/archives/category/ka/katori-hidetoshi/
鈴木励滋(すずき・れいじ)
1973年3月群馬県高崎市生まれ。栗原彬に政治社会学を師事。地域作業所カプカプの所長を務めつつ、演劇やダンスの批評を書いている。「生きるための試行 エイブル・アートの実験」(フィルムアート社)やハイバイのツアーパンフに寄稿。
・ワンダーランド寄稿一覧:http://www.wonderlands.jp/archives/category/sa/suzuki-reiji/
徳永京子(とくなが・きょうこ)
1962年、東京都生まれ。演劇ジャーナリスト。小劇場から大劇場まで幅広く足を運び、朝日新聞劇評のほか、「シアターガイド」「花椿」「EFiL」などの雑誌、公演パンフレットを中心に原稿を執筆。東京芸術劇場運営委員および企画選考委員。
・ワンダーランド寄稿一覧:http://www.wonderlands.jp/archives/category/ta/tokunaga-kyoko/