連載「芸術創造環境はいま-小劇場の現場から」第4回

加藤弓奈さん(急な坂スタジオ・ディレクター)
◎人を育てる場所の力

 急な坂スタジオは京浜急行線日ノ出町駅から徒歩5分。文字通り急な坂を上り、横浜市中央図書館を過ぎた先にあります。道路を挟んだ向かいが野毛山動物園です。演劇活動に欠かせない拠点として2006年からめざましい活動を展開してきました。最大2ヵ月もの長期利用が可能な稽古場であり、レジデント制度でアーチストを育てる磁場であり、人と情報のネットワークを形成するプラットホームでもあるという秘密はどこにあるのか。ワンダーランドに鋭い劇評を寄稿している高橋宏幸さんと一緒に急な坂を上って、スタジオのキーパーソンを訪ねました。(編集部)

||| 結婚式場の佇まいを残す急な坂スタジオ

-このインタビューは、公共劇場や民間劇場の中でも、主に小劇場を対象に行っているものです。でも、演劇というものは、公演ができる場所だけでは成り立たない、それを取り巻く環境の中にあるもの。そうすると、急な坂スタジオは劇場とはいえないのですが、若手の実践者を支える重要な場所であることは間違いないと思います。まず、簡単にこのスタジオとその設立の経緯について話していただけますか。

加藤弓奈さん加藤 急な坂スタジオは舞台芸術のための稽古場と規定しています。オープンしたのが2006年10月。もともとは、横浜市が運営している老松会館という結婚式場でした。今、スタジオ2と呼んでいる場所がいわゆる式場で、神殿風の飾りがついていました。スタジオ1が家族の集合写真を撮る写真スタジオで、その設備は今も残っています。2階は披露宴会場だったので、大きな広間があります。おそらくホテル・ウエディングやレストラン・ウエディングがはやり出して、ここで結婚式を挙げる人が少なくなってしまったのでしょう。2004年6月に老松会館の運営を停止しています。しばらくは市民サークル向けの貸し館にしており、お茶のお稽古や会議室に利用したりしていたようです。しかしながら、2005年3月で一度閉館しました。
 そして翌2006年の夏頃に、指定管理とは別に、横浜市が任意の団体に運営を委託するという形で運営団体の公募がありました。当時私はSTスポットの館長をしていて、ANJ(アートネットワーク・ジャパン)の市村作知雄さんから、新しい場所があっておもしろいことができそうだから、共同で企画を出さないかともちかけられました。それでANJとNPO法人STスポット横浜が、共同で企画書を使って運営団体に応募。審査を経て、運営団体に選出されました。開館当初は、まだ私はSTスポットの館長をしていたので、劇場の仕事をしながら、たまにこちらに来て一緒に事業を行いました。その後、今年の4月からここのディレクターに就任。それまでは、フェスティバル/トーキョーのプログラム・ディレクターである相馬千秋さんが務めていました。

-現在は、運営形態はまた変わっていますね。

加藤 横浜市の方から、ここを運営するための特化したひとつのNPOを作ってほしいと言われまして、アートプラットフォームというNPO法人を作りました。

||| STスポットとの密なつながり

-では今、STスポットとのつながりはどうなのでしょうか。

加藤 理事の中にSTスポットの館長が入っています。あと、現場のスタッフが1名、急な坂スタジオとSTスポットを兼務しています。企画では、坂あがりスカラシップという事業があって、それはSTスポットと急な坂スタジオと野毛シャーレの三館連携でやっています。あとは、私がSTスポット出身ということもあって、顔見知りの団体さんが急な坂スタジオで稽古をしてSTスポットで公演をする際には、制作協力をしたり、現場や稽古場に出て、手伝えることがあれば手伝ったりしています。

-STスポットはどのような経緯で設立されて、どのような運営形態なのでしょうか。

加藤 同じように横浜市から場所を貸与され、運営をNPO法人STスポット横浜に委託されています。開館が1987年です。公開空地といって、大きなビルがあると(それに付随して)公園などがあったりすると思いますが、一定のスペースを自治体に無償で貸与することが必要になります。横浜市の条例で、STビルの場合は、地下1階のスペースを横浜市に無償で貸与することになった。当時、横浜市内で文化活動をしているボランティアグループの方たちに、横浜市が運営をお願いできないかと声をかけて、まずSTスポット運営委員会ができました。2003年にNPO法人化しています。もともとサロンみたいに集まっていた方たちがいて、29歳だった女性2人を館長に指名し、彼女たちが2人で始めました。真っ白な壁だったので、ビルのオーナーとしたらギャラリースペースとして、市民の写真展とか絵画展みたいな形で使われるのではないかと思っていたらしいのですが、もともと2人が演劇やダンスにかかわっていたこともあって、次第に劇場になっていきました。

-加藤さんが館長をされていたのはいつになりますか。

加藤 2005年から3年間です。他に人がいなかっただけなのですが、24歳の時に館長になりました。NPOですし、補助金額が大きいわけではないのですが、STスポットのレンタル料は、なるべく若い人に使ってほしくてかなり安く設定しています。そうすると、雇えるスタッフの数も少ないし、雇える年齢や境遇も限定されてしまった。それで、私の上司2人が続けて他の劇場や文化施設に移られて、誰もいなくなってしまって私になった(笑)。

-私が加藤さんのことをはじめて知ったのは、セゾン文化財団のニュースレターの『View Point』にSTスポットについて書かれていたのを読んだからなのですが、それはどのような時に書かれたのでしょうか。

加藤 それは2006年で、創造共同体という企画でセゾン文化財団から助成金をいただいていた時です。年間のプロデュース公演を岡田利規さん(チェルフィッチュ)と中野成樹さん(中野成樹+フランケンズ)お2人だけにお願いする、契約アーティスト制度というものを作って、それに助成金をいただきました。助成期間が終わった時にその企画をどういう状況・ミッションで始めたのかを書きました。

-2000年代中頃には、いろいろな若手がSTスポットから出てきたというイメージがありました。それは劇場の戦略として、若手を押し出すことがあったのですか。

加藤 戦略とまではいかなくて、そこまで考えていなかったというのが正直なところです。ただ劇場で働いていると、毎日いろいろな作品が上演されて、もちろん趣味もあると思いますが、働いている人間がこれはいいと思った作品に出会っても、採算が合わなくて止めてしまうことがある。それはもったいないし、劇場費を無料にしてあげることができたら、目に見えて大きな支出が減るので、何かケアをしたいと思ったんです。では、どのアーティストならスタッフ皆が楽しいか、観客におもしろい作品を提供できるかと考えたら、ずっとSTスポットを使ってくれていた、岡田利規さんと中野成樹さんの2人と一緒にやりたいということになったんです。

||| レジデント・アーティスト制度の発展形

-急な坂スタジオにもレジデント・アーティストの制度がありますし、今の話と繋がる部分もあるかと思いますが。

加藤 急な坂スタジオができたのは、すでに岡田さんが『三月の5日間』で注目度が高くなっている時でした。そうなるとSTスポットのキャパでは限界があった。そこで、彼らにとって本当に必要なものとは何かを考えたら、普段ものを作るときの稽古場や創造環境のケアではないか、ということになった。そのタイミングで急な坂スタジオの話をいただいたので、一番最初からレジデント・アーティスト制度は決まっていました。
 岡田さんや中野さんはSTスポットで一緒にやっていた経緯があるので、そのまま急な坂スタジオのレジデント・アーティストになっていただきました。矢内原美邦さん(Nibroll)もSTスポットを使っていただいていたりとご縁がありましたから、その3人でスタートしました。

-今は、その3人以外にもいらっしゃるのですか。

加藤 最初の3人はこちらで決めさせていただいて、もう1人は公募しました。オープンした年の年度末に公募して、翌年度から仲田恭子さん(空間アート協会ひかり)に3年間という任期で就任していただきました。岡田さん、中野さん、矢内原さんに関しては特に期限は設けていないです。でも中野さんの方から、こんなにいい環境を使わせてもらっていることを、今、いろいろなことを経験した方がいい若い世代に僕たちが譲っていかないといけない、とおっしゃっていただいて卒業という形をとりました。
 ただ、私は今でも中野成樹の制作をやっていますし、制作が稽古場に行くのではなくて、俳優や演出家が稽古場に来れば、そこで制作が仕事をしているという状態を作ることができたのは大きかったですね。

-レジデント・アーティストにはどういう特典があるのですか。

加藤 優先的にスタジオを無償で借りることができます。
続く >>

「連載「芸術創造環境はいま-小劇場の現場から」第4回」への9件のフィードバック

  1. ピンバック: 長島確
  2. ピンバック: SATO Risei
  3. ピンバック: takaki sudo
  4. ピンバック: Ippei Hosokoshi 細越一平
  5. ピンバック: 石井幸一
  6. ピンバック: いしばししほ
  7. ピンバック: 遊佐絵里
  8. ピンバック: SATO Risei

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