連載「芸術創造環境はいま-小劇場の現場から」第4回

||| 限られた予算で、ここならではの事業を

-予算のベースは市からの助成金だと思いますが、年間予算はどれくらいですか。

加藤弓奈さん加藤 年によって変動はありますが、補助金が年間で2600万円ぐらいです。人件費とここの管理維持費に充当します。それとスタジオの利用料収入があります。職員は専従が3人、アルバイトが6人いるので、予算的にはそれでいっぱいです。稽古場もそんなに高いお金で貸しているわけでもなく、レジデント・アーティストには一般に開放していない部屋を1部屋ストックしています。そこを使ってもらうことでスタジオの利用に干渉しないようにしているんです。何か事業をする時は助成金を申請しています。

-STスポットの方はどうなのでしょうか。

加藤 私が働いていた当時で市からの助成金が700万円で、利用料収入がそれと同額ぐらい。専従が2人でアルバイトが1人でした。

-ただ、STスポットの方が事業はやりやすかったのではないですか。

加藤 そうですね。劇場なので、そこでできることはたくさんありましたね。

-急な坂スタジオの他の事業には、どのようなものがあるのですか。

加藤 年度によって違うのですが、まずカフェ事業というのがあって、それはゲストが現在の芸術環境や作品についてなど、あるテーマについて1時間半ほどトークをして、その後観客も一緒に歓談できるというものです。オープン当初はマンスリーアートカフェといって月に1回やっていました。今はレジデント・アーティストの公演にあわせて、公演前や稽古中に、そのアーティストが話したい方をゲストに呼んでトークをしています。
 ゼミナール事業というものもあり、若手の演出家と制作者を育成するためのゼミ形式の事業です。
 他には、先ほどお話した坂あがりスカラシップです。三館連携して、公演のためのサポートをしています。最初の年は1組だったのですが、2年目3年目は2組を選んでいます。6月に決まって、月に1回か2回会って話をして、公演はSTスポットか野毛シャーレか好きな方を選べる。公演の前に2週間、急な坂スタジオで集中的に稽古をしてもらって、制作の人の作業をスタジオのスタッフで協力しています。
 あと、隣に野毛山動物園という無料の動物園があるのですが、毎年『Zoo Zoo Scene(ずうずうしい)』という企画を動物園内でやっています。まず40分ほどお客さんにガイド付きで動物園ツアーをしてもらい、その後、園内で公演を見てもらいます。終演後、動物園の方をゲストに演出家がトークをする。〈見る〉〈見られる〉という演劇の根本的なテーマに迫りつつも、遠足気分も味わえる企画になっています。

-応募するのは、神奈川県の人が多いと思いますが、それは公募の条件なのですか。

加藤 いえ、条件にはしていないです。そこに縛りをかけると視野が狭くなってしまう。相性もあるのですが、自然と横浜の人が多くなってきますね。

-基本的に若い世代のための企画ですね。

加藤 若いアーティストを大事にしたいんです。STスポットで働いていて思ったのが、岡田さんのように活躍されてゆくケースは本当に稀で、学生劇団の延長で劇団を立ち上げても2回ぐらいで採算が合わなくなって解散してしまったり、東京に出ても公演のペースについていけずにやめていった人たちを、5年のうちにたくさん見てきた。もちろん、早く売れたい、もっとたくさんのお客さんに見てほしいと焦る気持ちはわかるけれど、そのためにはまず、自分が何を誰とどうやって作っているか、何にお金がかかって、何が一番大変なのか。それに気付く時間が若いうちにないと、続かない気がする。それができるのが、劇場や稽古場の役目だと思う。公演はお客様に委ねるとして、その過程を誰がサポートするのかということを考えています。

-アーティストの公演をサポートすることはもちろん、アーティスト自身がよりよい公演をするためには、その環境に目を向けないといけないということですね。横浜という場所にもそれは関係しますか。

加藤 横浜というのは、東京とちょうどいい距離感だと思うんですよ。そんなに遠くはないけれど、東京とは違う。アーティストのみなさんにとっても、稽古場で頭が煮詰まっても、帰り道の坂でクールダウンして電車で見つめ直すのにちょうどいい距離みたいですね。稽古場で稽古をしている時も、時間の流れ方がゆったりしていると言われますね。

||| 稽古場や劇場が若手を育てる

-坂あがりスカラシップなどでも公募して選考するのだと思うのですが、その際に本当にまだ実績があまりない若手だと、選考するのが難しくはないですか。

加藤 難しいですね。でも自分が上演したい作品について、それをどうやりたいかなど、企画書を書いてもらってます。同じくらいのキャリアの人でも自分が作ろうとしていることを、地図として出せる人と出せない人の差は大きいです。だからわりと簡単でした。

-ただ、作品は作れても企画書的なものを書く言語能力がない人というのも時々いませんか(笑)。

加藤 いますね(笑)。やっていることはおもしろいのだけれど、今はまだ上手に言葉に落とし込めていないということはありますね。そういう場合はコメント文などを書いてもらったりして、少しずつ慣れていってもらいますね。

-批評を書く側でも、本当の若手だと、一作これはいいと思えるような作品があっても、すぐに書こうか、もう一作見てからにしようか、迷う瞬間があります。その際には、もはや賭けみたいなところが出てくると思います。公募選考は、ここのスタッフみなさんで決められるのですか。

加藤 全員で相談しますね。全員が〈何となく気になる〉というのが重要なところです。そもそもレジデントしているアーティストが濃い3人なので(笑)、スタッフもあのメンバーだったら大丈夫という気持ちの人たちしかいない。そのへんの認識はブレないですね。

-今までの話を聞いていると、若手のアーティストとていねいに向き合って、育てていくというニュアンスが非常に強く感じられました。

加藤 私は本当に何にも知らない状態で劇場勤務を始めたので、私が一番劇場に育ててもらったんです。劇場というのは、人が成長する余地のある場所なんですよ。もっというと、公演前の創造している段階こそ、人がとても成長できる場所なのではないかと思ったんです。だったら誰かが場所と時間を提供してあげれば、同じ感覚をもっている人がいるだけで、ジワジワと違う視野が広がっていくだろうし、こういうことをしてもいいよ、というタイミングを与えられたらいい。

-演劇が生まれてくる場所が、一昔前なら学生サークルだったと思いますが、今、大学の演劇科などに移っていると思います。応募してくる人たちもそのような傾向がありますか。

加藤 今は桜美林大学と日大芸術学部が多いですね。設備もあるし、プロの先生に教えられて、学生の頃からきちんと演劇の作り方を学んでいる。でも、逆に大事にされすぎていて、外に出た時にびっくりするのだと思う。今、若い制作者が増えてきているので、積極的に声をかけています。これは誰がやってもできる仕事だから、誰でもいいわけではなくて、あなたでないといけないと言って、まず制作サイドの不安を解消するために話を聞くようにしています。演出家や役者は、作品で昇華できるからいいのですが、学校を出て、いきなり外の世界と対面しなくてはいけないのは制作者だから、そこが潰れると劇団そのものが潰れてしまう。劇場と交渉したり新しい観客層を開拓しようとしたり、一番外側にたつ制作の人たちが急な坂スタジオにきた時に、相談に乗ってあげられたらいいと思う。

-劇団を立ち上げて活動していくことは、たとえるなら経済学部を出た人が会社を立ち上げるみたいなものですからね。

加藤 しかも、今はユニット形式が多いから、演出家と制作者のみが固定になるケースが多いんです。だから、劇場や、うちのような場所に相談できた方が、気が楽だと思うんですよ。
続く >>

「連載「芸術創造環境はいま-小劇場の現場から」第4回」への9件のフィードバック

  1. ピンバック: 長島確
  2. ピンバック: SATO Risei
  3. ピンバック: takaki sudo
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  5. ピンバック: 石井幸一
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  8. ピンバック: SATO Risei

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