カトリヒデトシ+鈴木励滋+徳永京子
―このコーナーでは、みなさんに、三人三様の見方で、翌月の舞台を各3本ずつ薦めていただきました。残念ではありますが、これをもって最終回とさせていただきたいと思います。1年間、どうも有難うございました。今回は、この1年を振り返り、お薦め作品が実際に上演されてどんな感想をもたれたかなどを中心にお聞かせください。
鈴木励滋 我ながら勝率が高かったと思っています。自分の好みを紹介してるから自分の評価が高いのは当たり前ですけどね。僕は備忘録的な意味合いで、作品を採点してるんです。戯曲・演出・俳優・映像的なもの・音楽的なものの5つの要素、各10点で50点満点。各項目7点が及第点で、計35点が見てよかったなというライン。そうすると、このコーナーでお薦めした約40本の中で、そこに届かなかった、それもギリギリで達しなかったのはたった2本なんです。実は見られなかったのが1本だけあって、それは8月に薦めた金魚(鈴木ユキオ)「HEAR」です。金沢での公演だったので、どうしても行けなかったんですが、来年の2月に東京で上演するので、ぜひ見たいですね。というわけで、それ以外で2本だけが、ほかのものと比べると、相性がよくないと感じました。
―差し支えなければ、どれだったか教えていただけますか?
鈴木 別に構いませんけど、8月のセラノグラフィカ「グレナチュール-横濱番外地」と11月のdoracom「事件母」です。
カトリヒデトシ doracomはKYOTO EXPERIMENTでも感心しなかった。脚本や演出の意図はおもしろいと思ったが、空間が広すぎる点と、役者のレベルが今ひとつの点では伝わらないと感じましたね。
鈴木 僕の理由は、2つに共通してる気がするんですが、意味ありげ・難しげで、余白が多すぎるところ。勝手に解釈しようとすればできるんだろうけど、観客に投げ過ぎなんじゃないか、もうちょっと何かを示してもいいんじゃないかと思いました。そういう意味でも、余白はかなり多いのに圧倒的に見せてしまったのは、3月の「東野祥子solo dance VACUM ZONE」、抜群でした。
カトリ あれはよかったですねえ!
鈴木 今年見たすべてのものの中でも一番だと思います。あれは再演で、初演も見てますが、それよりもよかったですね。最後の方、舞台の奥で水が滝のように流れ落ち、その前で彼女が震えているという相当長いシーンがあった。
カトリ もうその後、踊れないんですよね、ほんとに震えて立つのやっとなんだから!
鈴木 そのすごく震え続けるシーンの凄まじさに、もう一度どうしても見なきゃいけない舞台を1本飛ばして、2回行きました。その次は、5月の中野成樹+フランケンズ「寝台特急〈きみのいるところ号〉」。再演を繰り返している作品なんですが、僕ははじめて見たんですよね。中野さんの真骨頂というか、お洒落で軽妙に見せておいて、すごく深いところをつかんでしまう。みんな楽しく見ちゃうんだけど、気づくと、どえらいところに連れて行ってもらっているというかね。この作品は少しずつ長くなりながら再演を繰り返しているので、次回は批評を書いてみたいです。そのお洒落な感じが鼻につくっていう言い方も、きっとあるんでしょうけど、表面的な瑣末なことですね。今回は、斎藤淳子さんの〈狂女※〉がすばらしかったですね。
カトリ 斎藤淳子は、12月に励滋さんが推された「忠臣蔵フェア」でもよかったね。
鈴木 大石内蔵助を4人でやったんですよ。斎藤さんも、そのひとり。
カトリ 大石の心の中が四重人格に分かれてて、「開城のことみんなにどう伝えようか?」とか、合議制で決めるんだよね(笑)。
鈴木 その優柔不断さなどを出すためにね。このフェアには、いろんなカンパニーが出たけど、討ち入りは中野さんが〈ソロ〉でやりましたね。これもなかなかのものでした。
徳永京子 私は残念ながら見られなくて、切腹したくなりました(笑)。
カトリ 今年の中野さんは、飛躍しましたね! うれしい!
鈴木 そうですねえ。徳永さんが10月に薦められた、あうるすぽっとプロデュース「長短調(または眺(なが)め身近(みぢか)め)」もありましたしね。「寝台特急」に次ぐのは、1月の三条会「S高原から」、5月のマームとジプシー「しゃぼんのころ」、10月のまことクラヴ「事情地域ヨコハマ」、12月の「阿部一徳のちょっといい話してあげる『異形の愛 GEEK LOVE』」の4本でした。
徳永 私は、ここで話を聞かなかったら見に行かなかった公演がたくさんあって、その中で大当たりだったものも多いので、お二人には感謝してます。
カトリ・鈴木 いやいや。
徳永 マームとジプシーを見たのは、鈴木さんが推されていたのが最初のきっかけで、その結果、私の今年のベスト1は「しゃぼんのころ」です。ロロは、カトリさんの言葉に興味を覚えて行きました。
自分のお薦めに関しては、「前作や今まではよかったのに、推薦したものに限って…」というものがいくつかありました。たとえば2月のモダンスイマーズ「凡骨タウン」。作・演出の蓬莱竜太さんは、自分が所属する劇団の作品に関しては常に新しいことに挑戦していて、それは悪いことではありませんし、この作品でやろうとしたことも評価したいんですけど、千葉哲也さん、萩原聖人さんなどの豪華客演陣との組み合わせを考えると、脚本があまりにも抽象的でした。
カトリ モダンスイマーズは、「夜光ホテル~スイートルームバージョン~」はよかったんだけど。今回は、千葉さんが凄すぎて、全部もってかれ、モダンスイマーズの芝居じゃなくなったっていうかね…。
徳永 それから4月の文学座「わが町」。今年は「わが町」イヤーで、柴幸男さんが「わが星」を書く時に影響されたというワイルダーのこの作品を、さまざまな座組みが採り上げました。新劇の文学座がどう上演するか、そこにはひとつのモデルケースが存在するはずと、お薦めしたのですが、「こんなに波風のない形にできるのか」と爆睡しました(笑)。鼎談を読んで見にきた人がいないことを祈りながら、家路に着きました(笑)。
鈴木 お薦めしたプレッシャーってありますよね。薦めたのに寝ちゃった時ってねえ…(苦笑)。
徳永 それはいつも思いましたね。6月のインパラプレート×エビビモpro.合同公演「エビパラビモパラート」もそう。インパラのほうだけ見たことがあって、それには可能性を感じて推薦したのですが、ストーリーも演出も全体的に幼かった。この作品に関しては、何人かの方から「どうして推薦したのか」と意見ももらいました。7月のブス会の「女の罪」は、既視感のあるエピソードやキャラクターが多く、女性の劇作家が女性の本音を書くという、期待値からは遠かったですね。
カトリ 岩本えりちゃん、残念だったなあ。
徳永 よかった方を挙げると、まず、9月のさいたまゴールドシアターの「聖地」。大バクチとも言える松井周×蜷川幸雄のコンビを薦めた私を褒めてあげたい!(笑) 結果は大成功でしたよね。平均年齢71歳の役者さんに宛てた脚本ということで、松井さんはサンプルよりも大きな物語が書けたし、松井脚本があれだけの温度を獲得することは、もう滅多にないのではないでしょうか。蜷川さんにとっても、現代演劇の最先端と格闘した、価値ある挑戦だったと思います。
鈴木 慧眼でしたよねえ。
徳永 これか「自慢の息子」かのどっちかで、松井周さんは岸田戯曲賞をとると勝手に思っているんですが…。あとは、9月のM&Oplays+PPPPプロデュース「窓」は、期待をはるかにしのぐ完成度でした。そして、先にもお話の出た中野成樹さんの「長短調」。なぜチェーホフの「かもめ」の誤意訳にラップを使ったのかが、上演されてよくわかりました。ラップって、MC(ボーカル)が複数並行して存在することが、最も違和感のない音楽スタイルなんですよね。で、登場人物がそれぞれエゴイスティックなチェーホフの群像劇を、ラップの主体にうまく置き換えていた。誤意訳と言いながら、実は正訳ではないかと思いました。時期が前後しますが、2月のE-Pin企画+城山羊の会「イーピン光線」は、あまりの面白さに目が回りそうでした。作・演出は山内ケンジさん。とにかく本が、エッジ切れまくりで。
カトリ 徳永さんは〈テキスト萌え〉ですもんね。
徳永 正しくは〈作・演出萌え〉です(笑)。役者さんで舞台を見るカトリさんとは大きく違うんですよね。
それから、つい最近では11月、F/T10の「DRAMATHOLOGY/ドラマソロジー」がよかった。お年寄りが個人史を語る、という内容なんですが、時間について秀逸に語った作品だったと思います。「私は…」で始まる自分の話をするお年寄りの傍らで、ずっと海の映像が流れている。それは時計だと私は理解しました。老いた肉体という、時間の蓄積をまとっている人間たちと、若い女性が入水自殺したあとも静かに波が打ち返すばかりで、淡々と時間が過ぎていく海辺の対比。まずそれが素晴らしかった。そして後半、出演者たちが歩き回るんですが、最高齢の96歳の方が、ほんの10cmか15cmの段差を移動するのに、すごく時間がかかったんです。と言っても数分間なんですが、他の出演者も観客も、ただその人の一歩をじっと待つことになる。それがとても大切で、引き延ばされたその時間に、老体に至った彼女の人生を考える、あるいは、普段は意識もしない動作の意味や価値について考えるわけです。でも平地の歩行は普通にできるようで、段差を降りた途端、何事もなかったかのようにスタスタ歩き出されて。引き伸ばされた時間が、また縮んでいくという、大きな営みの縮図を見せてもらったようでした。
鈴木 かなり若い段階で、自分で時計を止めちゃった=自殺した人が、一方にいるわけですよね。
徳永 はい。海の映像で最初に自殺した若い女性は、その後、舞台上に現れて常に老人たちと一緒にいる。彼女はやがて生を取り戻していくんですが、お年寄りたちに命をもらう、時間を分けてもらっているんですね。老いる=時間がなくなる、ではなく、蓄積の中から分け与えることができる。その提示にハッとしました。
カトリ 私は、お薦めってホント難しいな、と思ったというのが今年の感想です。読者の求めてることがつかみきれないと薦められないなあっていう…。私はやたらと見てるわけですが、自分が見る予定の中でベストなものを薦めてるわけではないんですね。そうすると著しい偏りがでてしまいます(笑)。せっかくたくさん見てる者だからこそ、演劇のバリエーションというか、小劇場界の懐の広さを知ってほしいと思ってます。そういう観点でこれは見てほしいなぁ、っていうのをお薦めしてます。だからはずれも多い。あ、そりゃ言い訳か(笑)。経験上のデータベースに基づいて薦めてるわけです。でもそれは作品にとって、いいことではないのかもしれないって思うようになったんですよね。経緯を知ってるから、今度はどんな感じだろうと期待したりするわけで、〈作品自体に期待〉しているわけではなかったりする。観劇前にこだわるのはキャストで、他に事前に情報を集めたりしないもんで。
徳永 私もお薦めの基本は、自分の経験から得たデータベースですよ。期待値で賭けに出ることも少なくないですが。
鈴木 映画なら試写があるけど、演劇の場合はそれがなくて、それ以前のもので判断せざるを得ず、賭けですよね。
カトリ 今年は、惨敗まではいかないけど、けっこう「負けたな」って思いましたね。
鈴木 そうですか。僕は、カトリさんのお薦めの中で13本見てますが、総体的にけっこうよかったですよ。
カトリ あっ、それはよかった。うれしい。振り返ってみると、3人共通のお薦めは、よかったんじゃないですかね。2月のチェルフィッチュ「わたしたちは無傷な別人であるのか?」、4月の鰰(はたはた)「動け!人間!」、5月のチェルフッチュ「ホットペッパー、クーラー、そしてお別れの挨拶」。それぞれ別の視点で演劇を語る3人が、コレはと一致したものは、やっぱり当たるんじゃないでしょうか。来月のお薦めを、3人で話し合って決めるというのも、企画としてはいいんじゃないかなと思う。
鈴木 でも、こういう形で、各人の色がついたものもあった方がいいんじゃないかなあ。ところで、ムムム、これはちょっとなあ…っていうのはなかったんですか?
カトリ そうなりそうなものには、直前になって行かなかったという卑怯者ぶり(笑)。推しといて行けなかった、行かなかったのが5、6本ある。
鈴木 行かなかったのかよ! 薦めといて。
カトリ よくないですよね。体調が悪くてとか、心が折れてとか、いろんな言い訳があるんです…。マチネがあまりよくて、あるいは反対によくなくて、おなかいっぱいでソワレを止めちゃうことがあったり…。
振り返ると、ロロは5月の「旅、旅旅」を推したのは、その後の活躍ぶりを見るとちょっと遅かったかな、1月の「LOVE」で推すべきだったなと思ったりします。柿喰う客が好きだ、好きだと言ってる割に、薦めたのは4月の「八百長デスマッチ/いきなりベッドシーン」だけだったというのは、自分で自分を褒めたい(笑)。これは、タイニイアリスでの小規模な公演でしたが、柿の今年一番いい作品だと私は思ってます。二人芝居で、セリフは一人分しかなくて、身体性とキャラクター性だけで二人芝居にもっていくという「八百長」は、日本語のデクラネーション(=朗詠術・朗誦術)という重要な問題を考える上で、今後展開していくヒントになり得る作品だと感じました。もう1本の七味まゆ味の「いきなりベッドシーン」は再演でしたが、ますます凄絶に、純文学みたいになっちゃいました。人間の業を深いところまで掘り下げて、しかもそれを肯定して行く。再演を重ねてほしい作品です。
鈴木 柿特有のリズム感、ものすごく早いセリフ回しでね。どんどん、周りから排除されていく女子高生の話。
カトリ 作・演出の中屋敷法仁くんは、勢いだけだとか、日本語ラップの亜流だとか言われがちだけど、七五調をあえてやったりするし、実験性も高く、きちんと見てかなきゃいけない人だと思います。大きな劇場では派手なことやるけど、小さいところや地域では実験作にチャレンジしてます。その戦略は巧みですよね。
いくつか地域の演劇を紹介できたのもよかったです。7月の茨城の百景社「授業」などは自慢していいと思います。5月に「勧進帳」を推した、京都を拠点とする木ノ下歌舞伎は、もうすでに何回か東京公演を打ってますが、まだ認知度は低くて残念。9月に推した、東海+関西エリアの3劇団と3ホールが組んだ演劇ワリカンネットワーク「トリプル3」)は、3年間の継続企画ですので、これからぜひ行っていただければいいなあと思ってます。試みが新しいだけでなく、作品も粒揃いのレベルの高さです。11月の青森の渡辺源四郎商店×東京デスロック「月と牛の耳」もすばらしかったですね。
―お話は尽きないようですが、今年1年、いろいろな舞台を薦めるという形で、小劇場演劇・ダンス界のある側面を、確実に示していただいたと思います。本当に有難うございました。
※(鈴木励滋さんの注)「狂女」という呼び方は中野成樹さんの台本にあった表記のまま用いた。「ソーントン・ワイルダー 一幕劇集」(劇書房刊、時岡茂秀訳)にもこの記述がある。
【振り返って一言】
カトリ 何だかんだと2年間もお薦め記事にかかわらせていただいて感謝です。今年は徳永さんの円卓の騎士として同志レイジと3人で毎月話せて、たいへん楽しく有意義でした。自分にとって切実な芝居を他の人にも見ていただきたいという志は、これからも持続していきます。話が長いんで、お声かけいただく際はご注意ください。いつでも大歓迎です。
鈴木 自分の好みをいかに人に伝えるのか、あらためて考えさせられた一年でした。舞台作品との素敵な出会いのきっかけとなれたとしたら幸いです。ありがたい機会でした。面が割れてしまったので、劇場で見かけたら声をかけていただければ、これからもいつでもお薦めしますからね! どうも、怖そうだって避けられてるっぽいけれど…。
徳永 見に行く公演の幅が広がった、そこから得るものが大きかったという点で、この鼎談で一番得をしたのは間違いなく私です。この機会をくださったワンダーランドのみなさん、カトリさんと鈴木さんに深謝。そして読んでくださったみなさん、ありがとうございました。思いのほか、あちこちで「読んでます」とお声がけいただき、そのたびに、よくわからない汗をかきましたが、何か前向きなものへの補助線になれていたらうれしいです。
(初出:マガジン・ワンダーランド第222号、2010年12月29日発行。購読は登録ページから)
【出席者略歴】(五十音順)
カトリヒデトシ(香取英敏)
1960年、神奈川県川崎市生まれ。大学卒業後、公立高校に勤務し、家業を継ぎ独立。現在は、企画制作(株)エムマッティーナを設立し、代表取締役。「演劇サイトPULL」編集メンバー。個人HP「カトリヒデトシ.com」を主宰。
・ワンダーランド寄稿一覧:http://www.wonderlands.jp/archives/category/ka/katori-hidetoshi/
鈴木励滋(すずき・れいじ)
1973年3月群馬県高崎市生まれ。栗原彬に政治社会学を師事。地域作業所カプカプの所長を務めつつ、演劇やダンスの批評を書いている。「生きるための試行 エイブル・アートの実験」(フィルムアート社)やハイバイのツアーパンフに寄稿。
・ワンダーランド寄稿一覧:http://www.wonderlands.jp/archives/category/sa/suzuki-reiji/
徳永京子(とくなが・きょうこ)
1962年、東京都生まれ。演劇ジャーナリスト。小劇場から大劇場まで幅広く足を運び、朝日新聞劇評のほか、「シアターガイド」「花椿」「Choice!」などの雑誌、公演パンフレットを中心に原稿を執筆。東京芸術劇場運営委員および企画選考委員。
・ワンダーランド寄稿一覧:http://www.wonderlands.jp/archives/category/ta/tokunaga-kyoko/