ロンドン演劇日和-シアターゴアー、芝居の都を行く(全7回)

 第5回 年末年始に多い子ども向け企画 想像力を信頼してばっちり見せる
 今井克佳(東洋学園大教授)

 クリスマス前についに熱の出る風邪をひいて寝込んでしまった。もしかするとインフルエンザだったのかもしれない。熱は一日で治まったが頭痛がしばらく続いた。暗く寒いロンドン一年目の冬は心と身体にずしんと来ているようだ(といっても一年間の在外研究の私の場合、一年目しかないわけだが…)。そんなわけで年末年始は少し劇場への足も遠のいてしまったので、今回はクリスマスシーズンのはじめに足を運んだいくつかの芝居の報告とさせていただきたい。

 年末年始のウェストエンドは、12月25日のクリスマスデイと1月1日をのぞいては、ロングランが続いている。もちろん、この不況で収益は軒並み落ちていると報道されてはいるが、ホリデイや観光客狙いの稼ぎ時でもあろう。それに対して、オフウェストエンド、フリンジのシアターの半数程度は、12月初旬頃から、ファミリー向けの演目をかけはじめる。「クリスマス・キャロル」「ヘンゼルとグレーテル」「シンデレラ」「星の王子様」など、子どもと一緒に家族で楽しめる名作というわけだ。Time Outをながめると「ヘンゼルとグレーテル」などは、Royal Opera Houseのオペラ、Barbicanの演劇、その他フリンジでも演目としてかけているのがわかる。定番なのだろうか。

 12月中旬の日曜日、郊外のKingstonにあるRose Theatreに出かけた。テムズ南岸最古の劇場の名を冠したこの劇場の内部は、場所こそ全く離れているものの、やはりシェイクスピア・グローブに似た、当時の円形の構造を模している。しかしさすがにオープンエアと茅葺き屋根の当時のまま再現されたグローブ座とは異なり、近代的な外観に覆われている。

 ここで観たのは「クリスマス・キャロル」。チャールズ・ディケンズのストーリーはあまりにも有名だ。原作の忠実な舞台化(脚本Karen Louise Hebden)で、Stephan Unwinの演出も特に奇をてらったところのない、しかし、演劇的な面白さはきっちりとおさえてあるもので、安心して観ることができる王道的な作品であった。原作だけでは想像するしかない、ティム・クラチット少年の歌う「キャロル」そのものも聞けて、クリスマスのファミリー観劇にはぴったりで、自分も小学生の頃に初めて読んだ岩波書店版の翻訳の文章さえ思い起こされて、いたく感銘を受けた。この劇場は郊外の街のものとしては大きく700席以上はありそうで、客席が半数くらいしか埋まっていなかったのは残念だが、休憩込み2時間の上演中、子どもたちは皆、一心に集中して観ていた。

 さて、同じファミリー向け演目だが、Lyric Hammersmithが上演したCinderellaは議論を引き起こしたようだ。こちらもたくさんの子どもたちであふれていた。この舞台は7歳以上向け、の設定である。いわゆる我々のよく知るシンデレラの童話(シャルル・ペローの脚色を経たもの)とは違い、かぼちゃの馬車や魔法使いは現れず、シンデレラと家族の問題が、父親を含めてかなり詳細に描写される(脚本Ben Power, Melly Still)。Melly Stillの演出も、俳優自身が紙で作られた鳥をさおにつけて飛ばしたり、森の動物の役を兼ねたり、と象徴的な見方を要求する演出法を用いている。

 ストーリーの最後も、「本当は怖いグリム童話」よろしく、義理の姉妹が靴のサイズに足をあわせるために、かかとやつま先を切ったり、母や姉妹の目玉を鳥がくりぬくというシーンもある。もちろんこれも象徴的な演出で行われているのだが、うーん、これを子どもたちに見せていいのかな、とちょっと気になったし、実際、見ている子どもの中にもトラウマがあるのか、怖がってしまっている子も見受けられた。

 この問題について、Time Outに、芸術監督David Farrのインタビューが掲載されていた。Farrは、クレームのほとんどは親からのもので心配しているのは大人だけ、7歳以上の子どもならば、現実と虚構の区別をつけながら、楽しんでみることができる、とする。一部のトラウマを持つような子どものケアは別問題であり、劇場はあくまでビジネスとして(大多数の求める、という意味だと筆者は解釈したが)上演している、などの言葉があった。

 この問題は、まだ議論の余地がありそうだが、ことほどさように、こちらの「子ども向け」舞台は、いわゆる「子どもに媚びる」ということがほとんど感じられない。別の言葉を使えば、子どもの想像力を信頼しているし、虚構を楽しむ力を信じているともいえる。このへんが、こちらの「ファミリー芝居」の一つの特徴ではないか、と感じるところしきりである。また子どもたちも観劇慣れしているのか、どの劇場でも、よく集中して演劇を見ている姿に出会う。

 クリスマスシーズンに限らず、夏のリージェントパークを始めとして、子ども向け芝居の企画はとても多く、いくつも足を運んで来た。こうした子ども向け、ファミリー向け企画の隆盛は、事情通によれば、イギリスでも政府の方針による、ここ十年程度の傾向であるという。たとえそうであるとしても、以前伝えた、公立劇場の若者無料企画なども含めて、演劇文化の育成に、イギリスという国がどれだけ本気なのか、が感じられる傾向のひとつである。もちろん演劇文化自体が、観光資源や文化資源としてイギリス経済に大きな位置をしめているということの反映でもあるだろう。そういえば、家族4人で子どもが含まれていれば全員で40ポンド、などのファミリーチケットの制度もかなりの劇場で見受けられる。

 最後に、演劇そのものではないが、クリスマスらしい企画に参加したので報告しておきたい。こちらは、本物のRose Theatreの遺跡である。シェイクスピアグローブから歩いて数分のオフィスビルの地下にひっそりと、発掘されたローズ座の遺構が保存されている。1587年にテムズ南岸の享楽地区に最初に建設された劇場であるローズ座の遺構は、1989年に発掘され、現在はRose TheatreTrustが管理している。普段は公開されていないのだが何か企画が催された時には公開される。ここで、Christmas at Roseと称したキャロルコンサートが行われるという情報を在外研究仲間の先生に教えていただき、参加することとなった。5ポンドでホットワインとミンスパイがつく。8人のクワイアー、OCTAVEが、讃美歌やクリスマスソングを歌う。本当に小さなスペースで座席はパイプ椅子を並べて50人くらいだろうか。日本人は多分一緒に行った我々3人だけだろう。時々、起立して一緒に歌いましょう、というのがあるので、パンフにある歌詞を見ながらなんとかついていった。祈りこそないものの教会の礼拝にいる気分だ。休憩時間には、そばにある遺構を見学し、解説を聞くことができた。とはいえ、照明が、クリスマスの雰囲気のライトのみなので、なんだか暗くて輪郭以外はよくわからなかったのだが…。

 その後、風邪で寝込んでしまったので、これがほとんど唯一のクリスマスらしい行事への参加となってしまった。が、なかなか思い出深い、シアタゴーアーらしいクリスマスだったような気もしている。

 さて、年も明け、暗いロンドンの冬も少しずつ日が延びて春を迎えて行くのだろう。残りの日々、どんな芝居に出会うのか…またシアタゴーアーな日々が今年も始まる。
(初出:マガジン・ワンダーランド 第121号、2009年1月7日発行)

【関連情報】
・Rose Theatre Kingston:http://www.rosetheatrekingston.org/
・Lyric Hammersmith:http://www.lyric.co.uk/
・The Rose Theatre Trust:http://www.rosetheatre.org.uk/about/therosetrust.php

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