パルコ・プロデュース「ヒッキー・ソトニデテミターノ」

◎このどうしようもない世界にあなたといるということ
  鈴木励滋

 他者と関わるということは、ほんとうは恐ろしいことである。

 自分の人間関係の質やら規模やらが変わる際、たとえば学校に上がる時とか誰かと付き合うことになった場合とか会社に入る折なんかに、人はうっすら恐ろしさを感じているはずなのだが、大抵はそんな考えに固執などせず、新たな「世界」でいかに支障なく人間関係をこなせるのかという方へと意識を向ける。
 そんな恐ろしさにいちいち囚われてしまうのは、どこかで躓いてしまったことのある者だけなのかもしれない。
 そうなのかもしれないが、誰だって他者との関わりの中で、この自分のことがほんとうは恐ろしくて堪らないのに、それを回避するために、自らの感覚を鈍磨させ思考停止して誤魔化しているだけなのではないかと、わたしはけっこう本気で思っている。

 感覚が鋭敏で、この社会に生きているだけで傷つけられるのみならず誰かを傷つけてしまうことを察知できる人たちが、暴力を振るい続ける他者も自らも辛うじて赦すために、どうにかあなたもわたしも殺さないために、ひとまず他者との関係性を絶つという、やさしさの消極的な闘い方が「ヒッキー」という在り方ではなかろうか(筆者の『ヒッキー・カンクーントルネード』評より)。

 岩井秀人の最初の作品にして代表作のひとつ、自らのひきこもり/ヒッキー体験をもとにした『ヒッキー・カンクーントルネード』6回目の再演について記した劇評でわたしは、主人公の森田登美男が最後に家を出る描写を、消極的な闘いを乗り越え、「他者性/関係性」の真っ只中で闘う方へ決意の一歩と捉えた。

 あれから3年以上(『ヒッキー・カンクーントルネード』の初演からは10年近く)を経て世に送られた本作『ヒッキー・ソトニデテミターノ』は、岩井が他者との関係の中で闘っている姿が具現化したかのような作品であった。本作の最後でも登美男は「出て行く」のであるが、本稿ではこの作品における岩井の闘いを見つめる中で、登美男の「行き先」について想いを巡らせようと考えている。

 ここのところようやく、以前からたくさんの観客に愛されてきた岩井作品に評価が追いつき、岩井は2012年に『生むと生まれる それからのこと』で向田邦子賞、2013年に『ある女』で岸田國士戯曲賞をたてつづけに受賞した。それらの作品とほぼ同時期に書かれたものである本作は賞にこそ縁はなかったものの、それらを押しのけて岩井の代表作の一本に挙げられることになるとわたしは確信している。
 それほど見事に、もう評価が定まり再演を繰り返している名作の「続篇」というプレッシャーをはねのけ、高い期待をしていた人々の予想を遥かに超える深遠を見せてしまったのが『ヒッキー・ソトニデテミターノ』なのである。

 登美男(吹越満)はかつてヒッキーだった自分が家から出るきっかけになった「出張お兄さん」を派遣する事業所で、「買い物療法」とやらで自分のことを酷い目に遭わせた黒木(チャン・リーメイ)とともに働いている。黒木や登美男が外に出させるべく支援をする鈴木太郎(田村健太郎)と斉藤和夫(古舘寛治)、そしてその二人の家族を中心に物語は描かれていく。

 両親を怒声と暴力で服従させている鈴木太郎は、あらゆる他者をバカにしている反面、じつは自信もないために「絶対者」でいられる家から外には出ようとせず8年が経った。
 一度就職した後に家にこもり20年以上が過ぎた斉藤和夫は、「わざわざ醜態をさらしに社会に出て行く」のが嫌で、完全無欠な対応ができるようにさまざまなシミュレーションを繰り返している。「桜町病院」への行き方を尋ねられた場合や、ファミレスで「キノコ達」という風変わりなメニューを注文しなくてはならなくなった時の、完璧な振る舞いを和夫は自室で探究している。
 登美男は、太郎には「出てくれば良いってもんじゃない」なんて言われ、和夫からも「どうやって生きてきたんですか」と呆れられるのだが、そんな彼のいい加減でダメなところが結局、二人を家から外へ連れ出すことにつながる。

 本作には『ヒッキー・カンクーントルネード』のいくつかの場面が織り込まれていた(註1)。それはむろん、前作のあらすじの説明的なものであったのだが、本作から登場する新たに描かれた人物たちを『ヒッキー・カンクーントルネード』で達した深く強いやさしさの世界に、初見の観客もろともいざなうかのようでもあった。単なる「続篇」や「後日譚」ではなく、あたかも『ヒッキー・カンクーントルネード』という主題を用いた変奏曲『ヒッキー・ソトニデテミターノ』とさえ呼びたくなるほどであった。

 たとえば「買い物療法」のシーンは、引きこもっている和夫に登美男自らが自分の来し方を語る中で演じられた。意を決して出かけた登美男が、電車の中で高校生にからまれ、黒木に負ぶわれ血まみれで帰ってくると、その一部始終を傍らで見ていた和夫が、登美男の血をぬぐってあげる。
 そこでは決してカッコいいとは言えない来歴を自分のために語ってくれる登美男に、和夫が心を開いていく様子も垣間見えた。登美男と出会った当初は彼の覚束なさを見て「外出るのに色々準備してたことが、全く無意味な気がしてきました」とまで言っていた和夫は、「ちゃんと出来るってことだけにしか価値がない」と思っていた自分の価値観を変えてくれた登美男を「お師匠」と呼ぶまでになる。

「ヒッキー・ソトニデテミターノ」公演から
【写真は「ヒッキー・ソトニデテミターノ」公演から。撮影=©曳野若菜 提供=PARCO劇場 禁無断転載】

 そして変奏は主題を超えていく。前作の先へ、前作をなぞりつつ、さらなる深みへ突き進む。
 前作のラストにある、妹の綾(岸井ゆきの)が近所の公園に興行に来た「みちのくプロレス」を観に「先に行ってまっせー」と言い残して出て行くシーンは、すでに家から出ている現在の登美男がそれを再現するかのような構造になっていた。

 夢を見ている際に、まれに「あ、これは夢だな」と思うことがあるけれど、ここでの登美男もそんな具合に、「あぁ、はいはい、そういうことね」という感じで過去の記憶をなぞりつつ綾とのやりとりをする。
 ところが、前作通りならば綾を追って舞台奥にある玄関へ向かうはずの登美男は、舞台手前に降りてきていた窓を意味する四角い枠からひょいと飛び降りる。吹越のパントマイムの技量はやはり見事で、地上でかすかにバウンドして動かなくなる登美男を目の当たりにして客席は凍りついた。とてつもなく長く感じた一瞬の嫌な沈黙の後に、登美男が「うそうそ! おかしいおかしい! 落ちてない落ちてない!」と起き上がると、劇場には安堵とともに大きな笑いが沸き起こった。

 だが、「出たんだ。もう俺は外に出た。出てるの」と独り言しながら玄関へ向けて歩き出す登美男は、「だからそれを、繰り返す、だけでいいの。ここを、あそこまで、まっすぐ、行く…」窓からの誘惑に抗うように踏み出すものの、溶暗していく中で強烈な引力で窓へと連れ戻され、ふたたび窓枠をまたいでしまう。

 なんということだ、岩井の中には〈彼〉までもいたのか。

 「自分の中にいる別の自分」について、2010年の『ヒッキー・カンクーントルネードの旅』のツアーパンフの中で岩井は「今でも(ひきこもっていた)自分が、ちょっとだけ今の時間とは違う時間とか次元で、自室でコントローラーを握り、階段を下り、リビングでテレビの何かを受け続け、階段を上がり、洗面所の前を通ってトイレの中でジッと換気扇の音を聞き、また部屋に戻りコントローラーを握り、、と無限にループし続けている、ような感じ」を持ちつづけていると記している。

 先のシーンを観てから、岩井の中には〈彼〉、つまり「そのまま引きこもっていた自分」だけではなく、プレッシャーに押し潰されて飛び降りてしまった、さらに別の自分までもいるのではないかという憶測が浮かんで消えない(註2)。
 自分の中にいる〈彼〉らへの責任の果たし方として岩井は『ヒッキー・ソトニデテミターノ』という作品を世に示したのではないだろうか。

 ここでの責任という言葉は、昨今ほとんど暴力のように用いられる「自己責任」などというものとは無縁だ。哲学者の高橋哲哉は「責任」を英語のresponsibility(レスポンシビリティ)という言葉から問い直し、response(応答)と可能を表す接尾辞からなる言葉として「応答可能性」と訳してみせた。それは罪責や法的義務などとは異なり、他者の呼びかけに応答しうるわたしの在り方と考えられるというのだ。
 高橋は、金学順から始まる「従軍慰安婦」とされた女性たちの証言に出会い、彼女たちのまなざしに問われたわたしたち―とりわけ従軍もしていなければ敗戦後に生まれたようなわたしたち―にとっての責任を突き詰めていく中で、哲学者エマニュエル・レヴィナスの思想を援用しながら「応答可能性」という概念に結実させた。

 まだ若く多感な時期にわたしも「従軍慰安婦」を含むさまざまな歴史問題を知り、そこからまなざしてくる人たちとどうしようもなく他者であることを痛感し、その人たちの痛み/生きがたさに自分がいかに関わればよいのかまるで判らなかった。
 たとえば「三里塚闘争」の中で「俺は線が細いから、闘いにたえられなかったんだな。人間なんて弱いもんだな。なんかの本に書いてあったけど、もっとも人間らしく生きようと思っている人間が、なんで非人間的にあつかわれるのかな。(中略)俺だけ、ずるやってもうしわけない。」と書き残して自宅の裏山で自ら22年の生涯を閉じた三ノ宮文男の言葉に、青年期のわたしは為す術もなく立ち尽くすかのごとき無力感しか持ち得なかった。

 だが、高橋哲哉が作家の徐京植と1998年から99年にかけて重ねた連続対話の企画に、縁あって聞き役の一人として参加する中で、学生時代からすでに読んでいた高橋の「応答可能性」という概念が、ようやく身体に馴染んだ気がしている。そのころ実際に仕事も始めていて、他者との関わりの難しさに直面していたからより響いたのかもしれない(註3)。
 もしかすると、自分が犯したわけでもない罪で責めつづけられるかのような窮屈な「倫理観」の話に聞こえてしまうかもしれないと危惧しているのだが、わたしに生じたのは極めてポジティヴな感覚なのである。

 「応答可能性」という概念に、わたしのではない誰かの生きがたさや、出会いようもない過去の誰かの生きがたさと関わりうる糸口が見えたかのような印象である。実際に、高橋は「呼びかけに応答すること、レスポンシビリティとしての責任を果たすこと」は「肯定的で歓ばしいもの」になるのだとも言っている。
 登美男の「投身」のシーンの後から、本作が岩井の「応答可能性」としての責任の現れであるということを確かめながら、それがまさしく肯定的で歓ばしいといえるようなものなのか詳察していきたい。

「ヒッキー・ソトニデテミターノ」公演から
【写真は「ヒッキー・ソトニデテミターノ」公演から。撮影=©曳野若菜 提供=PARCO劇場 禁無断転載】

 登美男の「投身」は、その直前のシーンにおいてさらに一歩を進めて社会へと出て行くことになった太郎と和夫の、一見すると希望に満ちた物語に、どうしようもなく影を落とす。
 はたして嫌な予感は、はずれてはくれない。明転しても倒れたままの登美男の電話が鳴る。黒木に「なにしてんの? もう始まってるよ」と急かされた登美男は慌てて喪服に着替える。
 黒木に干渉される寮を出たい一心から早々に就職先を決めてしまった太郎に、煽られるまま弁当屋での仕事を得た和夫は、出勤初日に仕事場へは向かわずに、その足で電車に飛び込んでしまったらしいことが、やりとりから見えてくる。

 わたしは日ごろから福祉の現場にいるために、ついつい和夫の心理を分析してしまいがちだし、それっぽいことは言えるのだが、とどのつまり和夫の真意は判らない(註4)。おそらく書いている岩井にも判らないし、それは和夫自身にも判らなかったのかもしれない。
 ただ、この世の中が和夫にとって“死ななければならなかった世界”であったことは確かである。原因を和夫の「考えすぎ」のせいにすることもできるかもしれないが、和夫が「生きがたさ」を抱えていたこと自体は揺るぎようがない事実であり、和夫にそんな「生きがたさ」を覚えさせてしまう世界の片棒を担いでいるのがこのわたしたちなのである。
 だからこそ、応答の可能性を見出そうとすることは、和夫だけでなく、わたしたちのための営みなのではないかと思っている。

 雑誌『ユリイカ』(2013年1月号)で岩井は「世の中が(ひきこもりから)出ても出なくてもどっちでもいいよという具合にフラット」ではなく「圧倒的に出たほうが幸せだよってなっているので、そうじゃない事例も置いておかないといけないと思った」と発言していた。
 しかし、わたしにはとてもそれだけの理由で和夫の自死を描いたとは思われないのだ。それでは、出られた者の責務として現実を美化せずに伝える、というような狭い意味における責任を果たしたに過ぎない。
 この作品が現実世界の厳しさを見せるためのものならば、和夫の死までを描けばよかったはずなのだが、そこで幕は下りることなくその先へと進んでいく。

 和夫の葬儀の後、黒木と登美男が訪れた新たな引きこもりの部屋の前で、登美男は奥の暗闇から現れてきた和夫に目を奪われる。
 登美男は動揺して黒木に目をやるが、彼女には見えていない様子である。とりたてて怨みを口にするわけでもなく、相も変わらず「キノコ達」というメニューの注文の仕方で頭を抱えている和夫の存在そのものが、登美男には和夫からの「呼びかけ」として届き、登美男は和夫の生きがたさに対する応答をしたいと思ったのではなかったか。
 それゆえに登美男は、「僕、ちょっとえっと、行きます」と黒木に告げ、「どこに?」と問う彼女に「どこっていうかフフちょっと行ってきます」と出て行く。「いってらっしゃい」と見送る黒木だけが舞台上には取り残され、暗転し終演となる。

 登美男の「投身」から和夫の自死の先に現れるこのラストシーンが、まさにわたしたちに応答の可能性があることを表しているように思う。それでは、わたしたちはどのようにして応答しうるのだろうか。本稿の最後に、そのことを、このシーンの直前に黒木たちの事業所のベテラン寮生(有川マコト)が暗示的に語る言葉から考えてみたい。

 ベテラン寮生はこう語る。「いくつか同時存在できるといいのね。自分がね。」。そして「自分があっちこっちいて、自分を拡散して生きていくことが、その人自身に向いているかどうか」というのは「センス」だとも言う(註5)。
 岩井が以前記していた、別の自分が「ちょっとだけ今の時間とは違う時間とか次元」に存在しつづけているという感覚や、登美男だけが和夫の姿を目撃できたのもひとつの「センス」によるものだろう。
 岩井は観客の「センス」を豊かにすることで、誰かの生きがたさを少しでも軽くさせるように目論んでいたのではないかとわたしは考えている。つまりそれが岩井の〈彼〉らへの応答そのものであり、わたしたちの応答可能性のひとつの端緒だと思うのだ。

 それはたとえば登美男の「投身」のシーンによって、「もしかしたらあの時わたしも」と思い起す人もあったとすれば、自分の中にあの時に別の方へ進んだもう一人の自分が宿る(註6)。そうなると、わたしたちはもはや、「困っている人がいるから助けたい」などという他人事な態度ではいられなくなる。

 あの「きのこ達」のくだりは、和夫が部屋にこもって「社会適応シミュレーション」として注文方法を模索していた前半のシーンではその滑稽さに会場は大いに沸いたのだが、和夫の生きがたさや煩悶の深さを目の当たりにしてしまった後のラストでは、笑いは起こらなかった。
 岩井は和夫のことを可視化したわけである。それはつまり、登美男に見えて黒木に見えなかった和夫を誰の目にも見えるように演出したのみならず、滑稽に感じられた和夫の言動の奥底にあるものまで見えるようにしたということである。他人事として済ませられなくなった観客の中には、登美男を揺さぶった和夫の呼びかけが届いた人も少なくはなかったのではなかったろうか。

 そんなラストシーンの和夫の登場は、わたしには幽霊や幻覚には思えず、まさに登美男の中に和夫が宿るがごとくに映っていた。
 長らくひきこもっていた家から出て行こうとする前作『ヒッキー・カンクーントルネード』のラストでは、登美男はその先に立ち塞がるようにある闇を異様に恐れていた。ところが、本作のラストシーンで登美男は、舞台奥の闇に向かって足取りも軽やかに、けれども強く踏み出して行ったのだが、それも「同行者」を得たのであれば合点がいく。
 〈彼〉らは決然と歩き出したのだ。「私たちの仕事は外に出すこと」と断言する黒木とも別の異なる道へ、和夫や飛び降りてしまった登美男たちへの応答をするために。

 高橋哲哉がかつて「慰安婦」とされたハルモニ(おばあさん)たちのまなざしに出会って己の生き方を問われていると感じ、応答の可能性を模索したように、岩井秀人は彼自身の中にいる人々への応答として、自らの表現を続けているのではなかろうか。
 ベテラン寮生が語っていたように「これ以上外に出ない」という在り方もあったはずなのに、敢えて他者との関係の真っ只中で生きることを選んだ者ゆえの、他者との関わることの恐ろしさを引き受ける覚悟がそこに見える。

 「関わらなければ、和夫はあんなことにはならなかった」という恐ろしすぎる自問を誤魔化しもせずに引き受け、それでも生きつづける力へと転化させていく。それは畢竟、〈彼〉らが死ななくてもよかった世界に向けての闘いとなる。
 他者と関わるということはどうしようもなく恐ろしいことなのだけれど、きっとそんな闘いの中にいる者は知ることとなるだろう。だれかとの関わりの中で生きていく歓びは、そんな覚悟の先にしかないということを。

 最初の作品『ヒッキー・カンクーントルネード』以来、その覚悟は岩井作品を貫いているのだが、本作ラストで登美男が強く踏み出す一歩に託されたものは、今までのどの作品よりも明確に他者を指向し、わたしたち観客に応答を求めていたように思う。
 『ヒッキー・ソトニデテミターノ』という岩井からの呼びかけによって、和夫や登美男のみならず、生きがたさを晒しまなざしを向けてくる(ほんとうは以前からずっとそうしていた)〈彼〉らと、わたしたちはあらためて出会うこととなる。そして、同情や憐憫で誤魔化すことなく、自らの生き方をもってその〈彼〉らに応答していくこととなるのである(註7)
 あなたと出会え関わることができたからこその、わたしとあなたの歓びの方へ。

(註1)用いられていたのは、次のとおり。登美男と妹の綾が戯れているところに母親が「出張お兄さん」を連れてくるシーン。登美男が黒木に挑発され口車に乗せられるシーン。黒木に負ぶわれて血まみれで帰ってくるシーン。「買い物療法」の顛末と登美男が家を出るラストシーン。
(註2)ほぼ同時期に着想されていたであろう、再演版の『霊感少女ヒドミ』(2012)でも主人公が、自らが電車に飛び込んだ強いイメージに纏わり付かれるシーンが書き加えられていた。
(註3)『断絶の世紀 証言の時代―戦争の記憶をめぐる対話―』(徐京植・高橋哲哉共著 岩波書店 2000年刊)
(註4)和夫を演ずる古舘寛治は、実に緻密に和夫という人物を作り上げていて、前兆はちゃんと示されていた。太郎の父親が3歳しか年上でないと知り、太郎に年齢を尋ね「20歳! 自分が43になったときに、20歳の息子がいるんですかね」と言って太郎に呆れられ「あはは」という壊れたような〈笑い〉にも。仕事が決まった祝いの席で感涙する和夫の母親を見た黒木が「お母さん泣いてるぞー」と言って場が和む中、彼一人が真顔で固まった長い〈間〉にも。
(註5)ベテランはその直後に「だから俺は、これ以上外に出ない。」とも言い放ち、舞台奥に消えていくのだが、生きがたくならざるをえない世界の現状が変わらない限りは、「出ない」という選択肢も肯定されるべきではないか、ということだろう。生きがたさを覚えてしまっている人に向かって「がんばれ」とか「鈍感になればよい」というのは、そんな世界の不備に目をつぶり、責任転嫁するようなものである。
(註6)それは「多層なわたし」という感覚で生きることにも連なる。「あなたであったかもしれないわたし」というくらいに開かれた自己の感覚というのは、Produce lab 89 presents 「官能教育 藤田貴大×中勘助」評でも触れた「ちむぐりさ」にも通底している。
(註7)同情や憐憫では世界を変える力とはなりえない。それらには、他者の痛みや生きがたささえも無責任に消費し、カタルシスとしての涙に変えるくらいのことしかできない。岩井の応答はエンターテインメントの世界でも一貫している。岩井が脚本を担当しTBSで放映されたドラマ『終電バイバイ』の初回には、20年ひきこもっている男が登場する。古舘寛治が演じていたこともあって、それは斉藤和夫のもうひとつの人生のようにも思われた。

【筆者略歴】
鈴木励滋(すずき・れいじ)
 1973年3月群馬県高崎市生まれ。舞台表現批評。地域作業所カプカプ所長を務めつつ、演劇やダンスの批評も書く。『生きるための試行 エイブル・アートの実験』(フィルムアート社)や劇団ハイバイのツアーパンフに寄稿。ウェブサイトBricolaQ にてお薦めの舞台紹介(ブリコメンドhttp://f.hatena.ne.jp/bricolaq/20110701025240)もしている。
・ワンダーランド寄稿一覧:http://www.wonderlands.jp/archives/category/sa/suzuki-reiji/

【上演記録】
パルコ・プロデュース「ヒッキー・ソトニデテミターノ
PARCO劇場(2012年10月4日-14日)
作/演出:岩井秀人
出演:吹越満 古舘寛治 チャン・リーメイ 有川マコト 占部房子 小河原康二 田村健太郎 金原祐三子 岸井ゆきの

美術:秋山光洋
照明:松本大介
音響:中島正人(オフィス新音)
衣裳:小松陽佳留(une chrysantheme)
ヘアメイク:花岡真千子(Magico)
演出助手:山﨑総司
舞台監督:谷澤拓巳 幸光順平
宣伝イラスト:あさののい
宣伝美術:土谷朋子(citron works)
宣伝写真:曳野若菜
宣伝:吉田プロモーション
製作:山崎浩一
制作:祖父江友秀 三好佐智子 山家かおり
企画制作:パルコ quinada ミーアンドハーコーポレーション
製作:株式会社パルコ

料金:前半5,800円(全席指定・~8日)
後半6,500円(全席指定・9日~)
U-25チケット4,500円(25歳以下対象)


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