NODA MAP「THE BEE」(日本語バージョン)

◎かさぶたのない傷口
亀田志織(学生)

「The Bee」公演チラシ鋭利な刃物で切りつけられた感覚がした。
傷が癒えないまま、傷口はどんどんとえぐられていく。 そのまま私は呆然と、立ちすくむ。
舞台に広がった、上から垂れ下がる一枚の茶色い紙。その上で繰り広げられる人間模様。

『1970年代の東京。息子の6歳の誕生日、プレゼントを手に家路へつく平凡なサラリーマン、イド(野田秀樹)。 すると家には警察(浅野和之)やマスコミのリポーターが群がっていた。 脱獄犯、オゴロ(近藤良平)がイドの家で妻と息子を人質にし、立てこもっているのだ。 オゴロの願いは唯一つ、「自分の妻と息子に合わせて欲しい」ということ。 そのためイドは、オゴロの妻(秋山菜津子)にオゴロに会って説得して欲しいと頼みに行く。』

主人公を演じた野田秀樹さん、何より彼の心の動きが丁寧だった。
引っ込んだ熱。どこまでも青い。冷めているサラリーマンがだんだんと赤に
変わっていく。冷酷なまでの赤に変わる様子が描かれていた。
「妻と息子を助けて下さい。」
とイドがオゴロの妻にお願いし土下座したとき、 イドの悲しみが、舞台上にさっと広がって、舞台が悲しみで青くなる。 一人の人間からこんなにも悲しみが広がるのかと思った。

それに対して断るオゴロの妻。 その瞬間に彼の狂気は、凶器に変わった。
一緒にいた警察官の頭を殴り、気絶させ銃を手にし、オゴロの妻と息子を人質に家の中へたてこもる。銃を持ったととたんに態度の変わるオゴロの妻。
「なんで最初から、言うとおりにしなかったんだ。」というイドに対して、
「だってあなた今、銃を持ってるから!」と答えるオゴロの妻。
銃の大きさを物語っていた。世界にフィルターがかかっているように感じる。銃というフィルター。銃を持った瞬間に、イドの世界での役割は被害者だけでなく、加害者にもなった。

イドが「オゴロと話をしたい」という願いを警察は「警察に対する脅迫」という形にした。
「そのほうが都合が良いんだろう」
と言うイド。分かっているが、止められない。オゴロとの会話は失敗し、人質釈放どころか火に油を注ぐようにオゴロとイドの感情は爆発していく。それを盗聴していた警察。そのまま報道はどんどんエスカレートし、 イドは警察マスコミの都合がいい役割に仕立て上げられる。

狂気に犯されたイドが、たった一つ恐れたもの。それがふと舞台に現れた「蜂」だった。
蜂に対して異常なまでの恐怖を示したイド。そして蜂を殺した瞬間、彼の中の「何か」が外れた。
蜂を殺したことで彼の狂気は何ものにも止められなくなった。踊り狂うイド。
「好きなのか嫌いなのか、はっきりして」という音楽の明るさが不気味だった。
仕立て上げられる人間の悲しさが、嬉しそうに踊り狂うイドから溢れ出す。それは滑稽な人間に見えたからだ。マスコミ、警察の手の中で彼らの都合の良い(おもしろい)展開へ、転がされるイド。被害者でもありそして、加害者でもある。

イドはオゴロの子どもと妻の指を一つずつ切り、オゴロに送りつけた。そして次の日、オゴロから自分の子どもと妻の指が送りつけられる。まるで日常の生活習慣の一つとして行われる行為。そして、妻と子どもは死んでいく。まるで指を切られるモノのように息絶えた。そして次は自分の指を切ろうとするイド。その瞬間に響きわたる、イドに群がるたくさんの蜂の音。そして、舞台は終わる。

蜂は一体何だったのだろうか。蜂なのか。それとも一人の人間を仕立て上げたマスコミの象徴だったのか。いや、群がっていたのは我々視聴者なのかも知れない。 彼らが仕込んでいたのは、全て私達の視線を集めるためなのだ。 興味のあることには群がり、飽きたら離れていく。マスコミとテレビに踊らされ、真実が見えなくなっている。 真実はテレビの中にあるのではなく、いつだってテレビの外側にある。我々の立つココが、真実なのだ。

四人で作られる舞台、野田さんの演出、スピーディーかつ丁寧な個々の心の動き、全てがバランスよく交じり合っていた。 空間を一つのものにし物語が出来あがるとき、何一つ欠けてはいけない事を知った。指を切る音は割り箸を折る音で、身近にあるリアルな音だけに余計に耳の奥でこだまされた。

舞台上に最後、もみくちゃにされた茶色い紙が、新聞紙のように感じた。捨てられる、新聞紙。我々が見ているもの、見せられていたもの。 誰も彼もが被害者であり加害者になる可能性はある。大切なのは、見極める目。(「劇評を書くセミナー」2008春季コース 自由課題作品)
(初出:「マガジン・ワンダーランド」第103号、2008年9月3日発行。購読は登録ページから)

【上演記録】
NODA MAP番外公演「THE BEE」《日本バージョン》
シアタートラム(2007年06月22日-07月09日)

[原作] 筒井康隆「毟りあい」(新潮社)より
[脚本] 野田秀樹/コリン・ティーバンColin Teevan
[演出] 野田秀樹

日本バージョン ※日本語上演
[出演] 野田秀樹/秋山菜津子/近藤良平/浅野和之
美術:堀尾 幸男 Yukio Horio
照明:小川 幾雄 Ikuo Ogawa
選曲・効果:高都 幸男 Yukio Takatsu
舞台監督:瀧原 寿子  Toshiko Takihara

[企画・製作] NODA・MAP
[提携] 世田谷パブリックシアター
[制作協力] SOHO THEATRE(ロンドンバージョン
全席指定 一般6,500円

【関連情報】
「THE BEE」《ロンドンバージョン》
シアタートラム(2007年7月12日-29日)
ロンドンバージョン ※英語上演、日本語字幕あり
[出演] キャサリン・ハンター Kathryn Hunter/トニー・ベル Tony Bell/グリン・プリチャード Glyn Prichard/野田秀樹
美術・衣装:ミリアム・ブータ Miriam Buether
照明:リック・フィッシャー Rick Fisher
音響:ポール・アルディッティ Paul Arditti

・見切れが生み出した舞台の陰と陽 何を見せられ何を見せられなかったか
鈴木厚人(劇団印象-indian elephant-主宰/脚本家/演出家)(Wonderland, 2006/07/14
・野田地図ロンドン公演 「The Bee」
「”To bee or not to bee?” -戦略に満ちたロンドン進出第2作」
今井克佳(東洋学園大学准教授)(Wonderland, 2006/08/26

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