・チェルフィッチュ「ホットペッパー、クーラー、そしてお別れの挨拶」(ラフォーレミュージアム原宿、5月7日-19日)
★カトリヒデトシさんのお薦め
・渡辺源四郎商店「ヤナギダアキラ 最期の日」(ザ・スズナリ、5月2日-5月5日)
・ロロ「旅、旅旅」(王子小劇場、5月6日-9日)
・京都×横浜プロジェクト2010「木ノ下歌舞伎 勧進帳」(横浜・STスポット5月13日-17日、京都・アトリエ劇研5月27日-30日)
★鈴木励滋さんのお薦め
・ハイバイ「『ヒッキー・カンクーン・トルネード』の旅2010」(アトリエヘリコプター5月16日-23日、桜美林大学プルヌスホール5月25日-26日、福岡・西鉄ホール5月29日-30日)
・中野成樹+フランケンズ「寝台特急“君のいるところ”号」(こまばアゴラ劇場、5月20日-30日)
・マームとジプシー「しゃぼんのころ」(横浜・STスポット、5月26日-31日)
★徳永京子さんのお薦め
・「モジョ ミキボー」(下北沢OFF・OFFシアター、5月4日-30日)
・ブルドッキングヘッドロック「Do!太宰」(三鷹市芸術文化センター・星のホール、5月14日-23日)
・サスペンデッズ「2010億光年」(東京芸術劇場小ホール2、5月22日-30日)
カトリヒデトシ まずは、3人ともが推すチェルフィッチュ「ホットペッパー、クーラー、そしてお別れの挨拶」です。「ホットペッパー」と「クーラー」は再演もの、「お別れの挨拶」は昨年ドイツで公演しましたが日本では初演です。「クーラー」は2005年トヨタ・コレオグラフィー・アワードの最終選考にノミネートされて話題を呼びました。「ホットペッパー」は、若手社員たちが忘年会の予約で悩む話。3人が横に並んでやる正面芝居で、ダンス的とも言えない「変な」身体性を見せます。
徳永京子 2~3月に上演された前作の「私たちは無傷な別人であるのか?」は、観客がいかに内面へ深くダイブして共通のビジュアルイメージを持てるか、を試した公演だと思いました。それはある程度、理想的に完成された気がします。あるシーンではまるで、見ている人を別の意識に誘い込んでいく催眠術かなあとも感じましたし。役者の体が振り子で、せりふによって劇世界に没入していく感じでね。そういうレベルに達してきた人たちならではのものが見られるのではないかと思います。
カトリ 鍛えあげられた役者のしぐさが“型”みたいになりそうになると、再演ではリセットして、新しい試みを課す。昨年の伊丹での「クーラー」再演でも、ここまで削ぎ落としちゃうのか、とびっくりするタイトさでした。
鈴木励滋 周りで見てきた人は、ダンスと演劇の境界をぶち壊したとか、そういうジャンル分けを無意味化したとか言いがちなんですけど、きっと(振付・テキストの)岡田利規さんにはそういうことはどうでもいい。彼はよく、俳優にイメージを持たせて維持させるなんて言うんですが、前作では、その部分を客にも見えるようにと、少し踏み込んだのだと思います。
「クーラー」の頃は、やってることがどちらのジャンルにも入らないということで、祭り上げられてたところがある。コンテンポラリーダンスの人たちがびっくりしてしまったんですよね。自分たちがいろいろ試みていたのに、全然違うところからフイっと出てきて、完全にそれまでのダンスという枠をぶっ壊されてしまったので。コンテンポラリーってあまりにあいまいで、よくわからないじゃないですか。今でもモダンダンスとはどう違うの? というものもざらにある。モダンからコンテンポラリーに跳躍するとしたら、こういう壊し方なのかっていうことで、チェフィッチュはダンス界に受け入れられた。そして、ストーリーを作るため、お話を追っていくための道具ではないというテキストの使い方。それと身体ですね、よく、だらしない身体なんて言われますけど。それらを合わせて、まったく新しい舞台を示していると思っているので注目せざるをえない。
徳永 岡田さんに対して「社会的なテーマを自分に課している」という見方をする人もいるようですけど、私は、そんなものにはとらわれていない気がします。いずれにしても、多くの人が注目せざるを得ない岡田作品を、短期間に続けて見られるのは嬉しいですね。
鈴木 ストーリーと同様に、社会的なテーマなんていうのも重要じゃないのかもしれません。
鈴木 では僕はまず、ハイバイの「『ヒッキー・カンクーン・トルネード』の旅2010」を。再演を重ねて、もう7回目の公演。今年はタイトルに「旅」と入っていて、東京・神奈川・福岡をツアーします。福岡は、福岡演劇フェスティバルに招待されての上演。東京だけダブルキャストです。
カトリ 前にも出たことのある役者の組と、はじめて出る役者の組があって、ロロの篠崎大悟が出るので、楽しみでしょうがない。
鈴木 (若い頃の引きこもりという自伝的な話である)この作品は、作・演出の岩井秀人さんにとっての、レパートリーというよりもライフワーク。ハイバイの旗揚げの作品にして代表作。その頃は、生きる手立てとして演劇があって、何とか作り出したものだったかもしれないんだけど、今やそういう段階は過ぎている。たとえば、それはこれまた代表作の『て』なんかでは、お母さんの視線をとりいれたというような歩の進め方。他者性というか、自分と違う見方があるということを作品になしえたということは相当に大きい変容だと思います。「ヒッキー」も再演を重ねるごとに違ったものを見せてくれますが、今回も、岩井さんが作品を媒介として自分をどう表していくのか、それを見たいですね。
カトリ 毎回、ラストが印象的に変わりますね。岩井さんの“今年はこんな気持ち”っていう現れなんだと思うけど。去年の名古屋公演では、最後のセリフが今までにない言葉だったので驚きました。
鈴木 ネタバレになるんで詳しくは言いませんが、でも少しは語っちゃってるから慎重に読んでください。引きこもっていた主人公が外に出られるかどうかには、じつはあんまり重きは置いていないのではないかと思うんです。
徳永 むしろ、主人公をそういう状態にする社会を描いてる気がしますね。出ていこうとすると、それまでは「外に出ろ」と言っていた社会が逆に圧力をかけてくる。そのことで主人公は引き裂かれる。でもそれが現実なんだというところを、淡々と描いているんじゃないかと思います。
鈴木 そう。別に、引きこもりがダメで、外の世界に正しさがあるってのではないですね。もともとが、彼のようなやさしさを許してくれない世の中があって、彼は傷つけるのも傷つけられるのも嫌だから引きこもる。だから、ただ出ていっても依然としてどうしようもないわけで、むしろ、自分の内面から、他者につながろうと踏み出したということが重要。それはまさに、岩井さんが他者の視線で書くっていうことにもつながっています。そして、外、つまり社会の側を変えていこうというくらいの表現になり得てると思う。彼は“笑い”というすごい力ももっていますしね。同じようなモチーフを扱っても響いてこない作品は、現実を暴露するとか、義憤で告発するといったスタンスが多い。岩井さんはそうじゃなくて、そこを生きているんです。切実さが違うに決まっている。ちなみに、松井周さんはまた別のひねくれ方をする(笑)。その話はまた別の機会に。
次は、中野成樹+フランケンズ「寝台特急“君のいるところ”号」。原作はワイルダーです。中フラの面白さは何といっても“誤意訳”ですね。岡田利規さんがテキストをどうでもいいと思っているのと同様に、原作を忠実に再現しようというのではない。たとえば、サローヤン「おーい、救けてくれ!」は、悪い奴が田舎娘をたぶらかして、牢屋を抜け出す手助けをさせるという話なのに、主役は全然悪い男には見えなくて、ぬぼーっとした魅力の福田毅さんだったこともあるけれど、なんだか完全な恋愛ものになっている。結局、中野作品なんですよね。
カトリ 翻案ではなくて、もっと深読みして、大胆に誤読する楽しさね。
鈴木 3本目は、マームとジプシー「しゃぼんのころ」。ここは、何度も機会があったのに都合がつかなくて見られなかったので、今回はぜひと思っています。お目当ては俳優の召田実子さん。この人は、アジア舞台芸術祭2009「アジアキッチン デリー編」では、にこやかにインド料理店主(実はネパール人)にインタビューする役で、素人のおじさんを極上の接客のごとく見事に誘導しながら、ほんとうにチャーミングに振舞いつつ笑いを誘った。FUKAIPURODUCE羽衣に出た時は、涎垂らすくらい歌って弾けまくるし、岡崎藝術座でも神里雄大さんの創る異様な世界で、三条会の怪優・橋口久男さんに引けをとらないくらいに爆発して、いったいバリエーションがどこまであるんだろうと楽しみな人です。もちろん、マームはカンパニー自体も、最近話題になっていますよね。
カトリ 私の1本目は、渡辺源四郎商店「ヤナギダアキラ 最期の日」。ここは、極めてオーソドックスな、しかも精神性の高い会話劇をやっている青森の劇団。作・演出の畑澤聖悟さんは作家として受賞歴多数な他に、現役の高校教諭で演劇部を指導して全国優勝もしてるし、20代以下の劇団員は卒業生がほとんどという地域密着ぶり(笑)。ご高齢だがかくしゃくとした宮越昭司さんはぜひ見た方がよい役者です。地元にアトリエを構え、作品を年に2回東京にもってくるというやり方を確立してます。中高生ワークショップはもちろん、他地域への巡業、商店街での公演など理想的とも言える地元定着劇団の活動は、もっと誉められてほしいです。
次はロロの「旅、旅旅」。脚本・演出の三浦直之の脚本の変な感じは最高です。何てことはない日常で若者の恋の話が多いんですけど、そこに宇宙人だったり不死の人だったり「変なもの」が現れてくる。「異界」が差し込まれるんです。現在のネット社会はどんな情報でも得られるようなんだけど、わからないものってたくさんあるじゃないって、ボロっと出す。寺田寅彦の「化け物の進化」っていうエッセイを思い出すんですよ。科学が発達して、人魂や雷の実態がわかっても、新たな「化け物」が現れてくる。科学の目的は、新しい化け物を見つけだすことで、この世がいかに多くの化け物で満ちているかを教えることにある、と寺田は言ってます。三浦くんがやってるのはそういうことだと思う。役者では、前にも紹介した板橋駿谷のほか望月綾乃、長澤英知(東京コメディストアジェイ)や、中フラにも出る北川麗らが期待できる若手です。
最後にイチ押しの作品を。京都×横浜プロジェクト2010「木ノ下歌舞伎 勧進帳」です。主宰の木ノ下裕一君はテキストに、歌舞伎の台本をそのまま使うんです。口語訳とかせず、それを現代劇にします。歌舞伎は、歴史が長いから複数の上演台本がありますよね。その台本を集められるだけ集めて、自分がコレだと思えるものを整理し、付け加えたり熟考の末削除したりする「補綴」(ほてつ)という作業を毎回精緻に行ってます。今の歌舞伎が見落としているものまで補綴しようとしてる。見ると、ほんとに勉強になります。
徳永 (今の歌舞伎は)通し上演が少ないですし、ダイジェスト化もどんどん進んでますね。
カトリ そう。結局、ひとつの型しかやらなくなってますね。だから木ノ下歌舞伎は、今までとは違う型で、現代での「型」を作ろうとしている。その実践を通して博士論文を書きたいそうです(笑)。彼は京都造形大学に入るまで全くの独学だったそう。驚きです。
徳永 外国人の役者さんが出るんですね。
カトリ はい、アメリカ人だそうです。稽古を見に行ったんですが、ものすごく“異形”で、ニコニコしてても威圧感がある(笑)。木ノ下歌舞伎は木ノ下「先生」と杉原邦生の2人ユニットで、役者はいつも公募やオーディションで選ばれたごく普通の若者たちですがとうとうアメリカ人!
徳永 私はまず、「モジョ ミキボー」。戯曲を書いているオーウェン・マカファーティという人は、アイルランドの作家です。去年、新国立劇場で“シリーズ・同世代【海外編】”と題して、世界の現代劇作家の作品を日本の若手が演出した3作品がありました。そのうちの1本「シュート・ザ・クロウ」を書いた人で、日本で紹介されるのは、これが2作目。この話は宗教紛争をベースにしていて、2人が17役を演じるそうです。出演者は文学座の浅野雅博さんと石橋徹郎さん、演出は、やはり文学座の鵜山仁さん。だからパッケージとしては新劇系なんですけど、下北沢OFF・OFFシアターでの約1か月のロング公演なんですよ。浅野さんと石橋さんが「とにかく2人で何かやろう」と劇場を借りるところからスタートした企画だそうで、宣伝も自分達でしている。新劇系としては異例なやり方ですよね。でも私としては、演出の鵜山さんの仕事が見てみたい。というのは、3月に蜷川幸雄さん演出の「ヘンリー六世」を見て、去年上演された鵜山さんの「ヘンリー六世」がさらによくわかったということがあったんです。鵜山さんはいろいろなタイプの舞台を手掛けられていて、それまでは演出家としての個性や主張というのが、よくわからなかったんですね。でも「ヘンリー六世」で、蜷川さんは人間を見て、鵜山さんは世界を見てるんだなと、ようやくわかった気がしました。血なまぐさくて人間くさくてサイズの大きな話を、鵜山さんは徹底的に俯瞰して、諸行無常の中に捉えていて。その鵜山さんがノリノリで稽古をしてると聞いて、楽しみになりました。
次は、ブルドッキングヘッドロックなんですが、実は私、ここの芝居は見たことがないんです。
カトリ 前作の「黒いインクの輝き」は、びっくりするほどよかった。ケラリーノ・サンドロヴィッチの最高作に迫る勢い。最後に悲劇的になっていくまとめ方がすごくうまいし、話のガラも室内劇でも大きくてね。
徳永 そうなんですか。作・演出の喜安浩平さんがチラシに書いている、この芝居をやることに至ったいきさつが、すごく面白いんです。会場である三鷹市芸術文化センター・星のホールでは、もう2回も公演をしているそうですが、今回、そのプロデューサーに呼ばれた時のこと。三鷹市芸術文化センターでは、年に1回、桜桃忌にあわせて、太宰治にちなんだ作品をやっているんですね。劇場が選んだひとりの劇作家が、太宰をモチーフにして好きなように書くというシリーズ。それで喜安さんは、いよいよ俺にフッてきたのか!と勢い込んで行ったら、それまでと変わらない普通の公演依頼で、太宰のダの字も出なかった(笑)。でも、彼の頭の中はすっかり太宰モード。1冊も読んだことないそうなんですけど(笑)、これはもう太宰を書くしかないとなったという話なんです。
それに爆笑して、こういう文章を書く人なら、見に行かなきゃあと。というのは、先に出た岩井さんの話にも通じるんですけど、私が思う劇作家や演出家に絶対必要な条件は、自分を笑えるかどうか。喜安さんは、自分の自意識に赤面した後、ちゃんとそれを笑いに転化してるんですね。
最後の1本は、サスペンデッズ「2010億光年」。作・演出の早船聡さんは、今どき珍しいほどオーソドックスな人間関係を描く。たとえば、困ってる人がいて、うまく手を差し伸べられない人がいて、劇の始まりと終わりで、少しだけど何かが良くなっている、というよう。だけどよく見るとその中に、変なものが入ってくるんですよ。ロジックよりは生理現象みたいなものを信じているところがあって。
カトリ 早船さんは、2008年の新国立劇場の若手劇作家とベテラン演出家がコラボするシリーズで、「鳥瞰図」をやりました。うまい芝居でした。
鈴木 サスペンデッズは去年、シアタートラムの「ネクスト・ジェネレーションvol.1」にも出てましたね。
徳永 前作の「森の中のミュンヒハウゼン」は、風変わりな感覚を前面に出した話でした。主人公は、人里離れた森の一軒家に住む兄妹で、妹は体が弱いからと兄に大事にされている。後になってだんだんわかってくるんですが、お兄さんは本当は犬で、妹というのは飼い主で、通り魔に惨殺された少女なんですよ。犬の散歩の途中に連れ去られたんですが、犬はその子を助けられなかった。でも彼女の死体が山の中に埋められたのを堀出して、遺体をぺろぺろ舐めると、二人の魂が交感し合って、兄と妹として暮らすことができる。犬の気持ちに同調した森の動物たちが、友人として彼女に接するっていう話なんです。
早船さんはきっと、人間の悪意とか世の中の不条理っていうものを、どういう風に描いたらいいのかと、いつも考えているのではないでしょうか。前作では、動物を擬人化するってところまでやらないと、それらが描ききれなかったのかなと思いました。すごく好きな作品です。その後の新作なので期待してるんですよね。(4月11日 東京都目黒区内にて)
(初出:マガジン・ワンダーランド第188号、2010年4月28日発行。購読は登録ページから)
【出席者略歴】(五十音順)
カトリヒデトシ(香取英敏)
1960年、神奈川県川崎市生まれ。大学卒業後、公立高校に勤務し、家業を継ぎ独立。現在は、企画制作(株)エムマッティーナを設立し、代表取締役。 個人HP「カトリヒデトシ.com」を主宰。
・ワンダーランド寄稿一覧:http://www.wonderlands.jp/archives/category/ka/katori-hidetoshi/
鈴木励滋(すずき・れいじ)
1973年3月群馬県高崎市生まれ。栗原彬に政治社会学を師事。地域作業所カプカプの所長を務めつつ、テルテルポーズ(http://d.hatena.ne.jp/tel-po/)やダンスシードなどで、演劇やダンスの批評を書いている。「生きるための試行 エイブル・アートの実験」(フィルムアート社)に寄稿。
・ワンダーランド寄稿一覧:http://www.wonderlands.jp/archives/category/sa/suzuki-reiji/
徳永京子(とくなが・きょうこ)
1962年、東京都生まれ。演劇ジャーナリスト。小劇場から大劇場まで幅広く足を運び、朝日新聞劇評のほか、「シアターガイド」「花椿」「EFiL」などの雑誌、公演パンフレットを中心に原稿を執筆。東京芸術劇場運営委員および企画選考委員。
・ワンダーランド寄稿一覧:http://www.wonderlands.jp/archives/category/ta/tokunaga-kyoko/