連載「芸術創造環境はいま-小劇場の現場から」 第1回

||| 観客層を広げたい

松井 プロの観客というか、劇場に来てくれるのは、女性、30代以上、経済的に余裕がある、などという層です。これは東京での話ですが…。ぼくらが育ってきたアングラ小劇場はかなり男性客が多くて、年齢層も学生から結構年配まで幅広かった。しかしいまの観客は先ほど述べたような層に絞られている。その人たちが悪いわけではなくて、その層しか観客になっていないことが、演劇が衰弱する一つの原因になっている気がします。

-舞台に登場するのは20歳代の男女、客席はそれから10歳ぐらい年上の範囲に収まる女性が中心(笑)。そういう状況を変えたいわけですね。

松井 そういう年齢構成でこの何年間か、上がり下がりしてきたかもしれませんね。

-ある意味、異常な状態なのかもしれませんね。欧米の歌劇場では逆に、50代60代の経済的に余裕のある観客が目立ちます。それも異常と言えば異常かもしれませんが。

松井 劇場に来ていない人たちに、どうしたら足を運んでもらえるかが焦点です。演劇を通じて観客と何かをやり取りするのであれば、いま来ている人が大事なのは当然ですが、まだ劇場に来ていない人たちもとても重要だと思います。贅沢なことを言えば、いま来ている人たちはコアな部分として観客のピラミッドの上部に位置づけて、それに続くすそ野を広げていきたいと思うんです。

-先日こまばアゴラ劇場の平田オリザさんに「劇評を書くセミナー」で話してもらいました。その席で平田さんは地方でも住民の1%は劇場の観客として来てもらえる、潜在的観客だと話していました。富士見市は人口約10万人ですから、市内だけで1000人ぐらいは動員可能という数字が出てきますね。

松井 少し楽な基準で考えているんじゃないですか(笑)。観客の総数とともに、市内と市外の観客がほどよいバランスで集まるのも、これまた課題ですね。芸術監督の多田さんが手がける公演も、レジデントの田上パルの公演も、東京から観客がやって来ます。テレビで顔が売れている俳優が登場するような公演をキラリに呼んだ場合、観客は市民が中心になるし、東京からはあまり来ないでしょう。東京で見られますから。とするとキラリの場合は、東京から観客が来る公演と、地元の観客が来る公演とに二分されます。ある意味、生き残るためにそういう2方面戦略もしばらくは必要だと思いますが、ぼくはできればそういう状況を乗り越えたい。割合はさておき、コンスタントに地元の観客が劇場に足を運んでくれて、いろいろなタイプの公演を支えるという状況に持っていきたい。

-劇場を支える制度もそういう基盤作りに欠かせませんね。世田谷にはSePT倶楽部という友の会団体があります。入会すると優待割引や招待などの特典があって、劇場全体の活動を支援することになります。あとレジデントのアーチストがアウトリーチ活動でネットワークを広げ、その成果として劇場に観客を引き連れてくれる、そういう活動も当然のことながら大事になってきますね。

松井 キラリの場合は好条件があって、劇場開設のための働きかけをしてきた市民たちが、オープンしたあとはサポート委員会として劇場の活動を活発に支援しています。熱のある応援団であり、市民の核のメンバーです。その人たちが企画したプログラムも開いています。そういう支援をいただいてキラリは8年間続いてきたわけです。サポート委員会の人たちと、これからも発展的な関係を作っていきたいと思いますね。

||| 劇場のレパートリーを作る

-財団の予算書(注2)を見ると、キラリ☆ふじみ(市民文化会館)の指定管理料は今年度が約1億7500万円、昨年度より160万円減ですね。公演入場料などの自主事業収入は約4800万円となっています。助成金・補助金は600万円です。この予算規模で自主事業や創造活動を展開するには十分ですか。

松井 おおざっぱに言って、これまで助成金なども集めて、6千万円くらいの事業規模でやってきたようですね。まだくわしくは把握していないですが。さっき言ったように、ぼくは基本的に創造活動を充実させていきたい。とすると、現行の事業予算より大きくなっていく必要がある。ある種の錬金術的手法で、予算の増額を実現することもしていくと思います。ただ、事業予算を増やすと、事業の規模が拡大して、それは仕事の量の拡大につながる。そうなると、人手も確保しなくてはいけない。ですから、増やすにしても、スタッフの作業量や人数の面で実現可能な、また活動の中身のクオリティも保証できる、適正なバランスを考えていかなくてはいけない。拡大すると、人員や予算の確保のために汲々とするという本末転倒が起きる危険性があるんです。

-先ほどからのお話は、地元に還元できる創造活動、地域住民が劇場に足を運べる仕組みに焦点が当たっていました。しかしそれと同時に公共ホールの創造活動は、ほぼ同じような条件下にあるほかの地方施設との共同制作など、劇場同士の連携も視野に入ると思います。こちらの展開についてはどうお考えですか。

松井 経済的なことも考えると、そういう共同制作、連携も当然課題になりますね。いま芸術監督の多田さんのほか、レジデントの田上豊さん(田上パル)、白神ももこさん(モモンガ・コンプレックス)がいて、今年までの3年間のレジデントの取り決めです。その先どうしていくかということがありますが、これからもレジデント的なものは継続したいと思っています。
そのことを含めて、来年から実現できるかどうか分かりませんが、いろんな演劇人、振付家がここで創造活動をするように、もっとキラリを創造拠点として活性化させていきたい。さっき言った自主公演を増やすこともそうですし、そこはぼくが呼ばれたかなり大きな理由なんじゃないかと思っています。広い意味で、公立劇場のレパートリーが作られる。またレパートリーを作る体制も整えていく。そういう環境と条件を作っていくのがぼくの一番の任務、役割ではないかと思います。そのことによって市民の方々に良い芸術体験を提供できるし、いろんな世代が舞台を共有することが可能になる。1にも2にも、市民の観客開発が最重要な課題だと思っているんです。
ここは比較的東京に近いので、創造拠点の一つに十分なりうると思うし、そうしていきたい。ほかの創造拠点になる劇場とも、ここが中継地になるような連携ができないかという構想があります。まずは、ぼくや多田さんが持っているポリシーやカラーと共通するところと共同できると思います。またここを創造拠点にするアーチストや団体が出てきたときは、その人たちがどんなものを作るかによって、また違った劇場が興味を持つだろうし、そういう多様性は、おそらくここで仕事をする人たちの顔ぶれで決まると思っています。ぼくは、一つの芸術的方向に限定するのではなくて、実際に生み出される作品は多様であった方がいいと思いますね。
とはいえ、公共ホールだからと何でも無方針に取り上げるのではなく、より幅広い観客層が集まって、舞台芸術を一緒に楽しめるような、舞台作品の多様性を作っていくための方針を作っていく、それがぼくの考えです。そしてその根拠はぼくの側にあるのではなくて、そもそもは富士見の市民のなかにある、隠されているはずです。

-いま劇場法を実現しようという動きが表に出ています。フランスなどでは劇場が自主制作した舞台では、ゲネプロや公演初日などに各地の劇場のプロデューサー、芸術監督たちを呼んで、見たその場で来年再来年の公演を契約していくというシステムがあるそうです。日本ではそういうシステムはなくて、来年度事業案を組織の会議にかけ全体で計画を決めていくという仕組みが多いようです。舞台をこの目で確かめる間もなく、個別公演の招聘や共同制作が予定されてしまいます。このあたりに問題はないのでしょうか。

松井 公立劇場、公共ホールの基本的な性格やあり方が変わらないと、そこはなかなかうまくいかないかもしれませんね。>>

「連載「芸術創造環境はいま-小劇場の現場から」 第1回」への3件のフィードバック

  1. ピンバック: 練馬新聞☆非公式
  2. ピンバック: いろは

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