連載「芸術創造環境はいま-小劇場の現場から」第5回

||| 子どもたちを劇場に招きたかったが…

―少し話を戻しますが、こちらの作品は集客率も上々とのこと。他の劇場に売り込むとか、他劇場と提携するようなことはお考えにならなかったのでしょうか。

ゲスナー それは、ずっとやってみたかったんです。座・高円寺、あうるすぽっと、吉祥寺シアター、キラリ☆ふじみ、せんがわ劇場が集まって、一緒に何かできないかって、私は何回も何回も言ったんですけど、それはもう、すごく難しいみたいですね。 私がそう言っても動かないんですね。蜷川や鈴木が言えばみんな動くんですけど(笑)。ここの劇場なら、私が言えばある程度は実現するのですが。でも、私は独裁的ではなく、民主的にアンサンブルを重視してやりたいのです。

―杉並区では、小学校4年生全員に、座・高円寺で「旅とあいつとお姫さま」を見せるという試みがされましたね。とても面白い、いい作品でした。せんがわ劇場では、そういったことはなさらないのですか。

ゲスナー それは、ほんとに羨ましかった。ここでも「星の王子さま」をやった時、学校の生徒を招きたかったんです。桐朋学園の小学生が見に来たりはしたのですが、やはり、子供たちは無料にしなければ来られないんですね。私は調布市に何回もそれを頼んだんですが、市はシステムとして動かない。教育委員会は動かない。システムとして全然動いてくれない。もう本当に信じられない、絶望的な状況です。学校の子どもたちをせんがわ劇場に招待する、それをできるようにしなかったのは、調布市の大きなミスです。
 できない理由は何かというと、1日で地域全部の子どもが見るならいいけれど、ここは1度に3クラスしか見られないから。私は、何か方法があるんじゃないかと思うんですが。

せんがわ劇場
【写真は、安藤忠雄設計のせんがわ劇場。撮影=宮武葉子 禁無断転載】

 これは、市が、自分たちは子どもたちに演劇を見せる責任があるとわかればできることですし、教育委員会も、この劇場に対して責任を負っているとわかればできるのですが、どちらも、そうは感じてないみたいですね。それに対しては、すごく文句があります。6億円をかけた市の劇場なのに、とてももったいないです。
 今、ホールには普通の椅子が置いてあるのですが、それは、20分あれば赤い座布団に置き変えることができるのです。そうすれば、子どもにぴったりの客席にできます。唐十郎のテント風の客席になっちゃいますけどね(笑)。きちんと椅子に座らなくても見られるんです。椅子はおとなサイズで、子どものためのサイズのものではありませんからね。この劇場は、わざわざそういうことができるようにしてあるんですけどね。

||| 仙川ならではの事業を続けて

―せんがわ劇場で、これまでおやりになってきた主なイベントというと?

ゲスナー まず、今年で3年目の「JAZZ ART せんがわ」。わたしが辞めた後も継続できる事業として、このフェスティバルを立ち上げました。今年はじめて商店街の人が、旗を作って、道に掲げてくれたんです。2年かかってようやく定着してきました。
 せんがわ劇場は、基本的に120人か130人しか入らないのですが、去年のこのイベントには3日間で4000人の人が来ました。何でそんなことができるかというと、まず、この劇場のホールと徒歩1分の「仙川アヴェニュー」という音楽ホールで、コンサートを立て続けにやるんです。そして、もうひとつの会場が「KICK BACK CAFE」。「JAZZ屏風」という特製の移動式の屏風を立てて屋外に作る、世界中で一番小さいコンサートホールです。谷川俊太郎も、その中でパフォーマンスをやってくれました。
 予算は全部で450万円(チケット売上を除く)です。450万円でこのイベントを作れるのは私たちだけで、ほかの誰にもできません。それには、ヒカシューの巻上公一がプロデューサーだということが大きい。彼は普通のプロデューサーではなく、長いキャリアを持っていて、みんなから音楽家として尊敬されているので、出演者が集まるんですね。ギャラは払ってますが、でも額は少ない! 出演者だけでなくスタッフにも支払ってますからね。
 東京のエクスペリメンタルジャズの演奏家は大抵、ヨーロッパやアメリカのフェスティバルにずっと呼ばれています。一方で、東京のジャズフェスティバルの出演者は80%が外国人です。つまり、東京のアーチストたちは、自国のフェスティバルには出てなかったんですね。それに気づいて、東京在住の音楽家のフェスティバルだよ、というコンセプトを掲げています。坂田明も、山下洋輔も、芥川賞をもらった川上未映子さんも来てくれました。本当にすごいシリーズです。
 次に「人形演劇祭『inochi』」。こういうイベントは、ここにしかない特別なもの、他にはないものをやらなくてはと思いました。ここのホールは小さいですから、人形劇に向いていると思ったんです。人形劇のワークショップもやっています。
 子ども向けの人形演劇祭は、飯田(長野県)などで行われる大きなものがあったんですが、おとなのためのものは、これまであまりなかったんですね。人形演劇は物を生かすものです。現代=何でもすぐに捨てる時代にとても大事な表現だと思います。1月には、演劇祭に先立って「人形演劇『銀河鉄道の夜』」(作劇・演出:黒谷都)を上演したんですが、6回公演を行って全部満席でした。演劇祭にも多くの人が集まって、ほんとにすごかった。今年はもう1回やります。来年もやりたいのですが、それは委員会で決めることですね。
 「JAZZ ARTせんがわ」の設立メンバーは、音楽家の巻上公一、坂本弘道という多ジャンルで活躍するチェロ奏者、ニューヨークでも活躍するベーシスト藤原清登の3人。「人形演劇祭『inochi』」の芸術面の設立メンバーは、人形演劇の黒谷都、それに岡本芳一です。岡本芳一は「百鬼どんどろ」という人形劇団を主宰していて、ヨーロッパ、南米、アメリカでも公演していた、有名なアーチストです。残念ながら7月に亡くなりましたが。プロデューサーは、黒谷都、元世田谷パブリックシアターのプロデューサーで現キラリ☆ふじみ館長の松井憲太郎、国際的に人形演劇の制作をしている玉木暢子の3人です。
 何でそういうメンバーにしたかというと、あまり芸術に携わらないプロデューサーが、単独でフェスティバルを作るんではなく、最初のところから芸術家と一緒に話し合って作り上げる形にしたかったんです。私は芸術監督として精一杯やりますし、できる限りのバックアップをしていますが、ジャンルが違いますからね。何をどんな形でやりたいか、というのは、それを長くやっている専門家が集まってコンセプトを作るのがいいと思うのです。予算は、前は250万円(チケット売上を除く)でしたが、今年は350万円になりました。こういうメンバーを集めれば、お金はすごく少ないけど、日本ではそんなにチャンスがないのでやろう! ということになるんです。来年の3月に、2回目の人形演劇祭があります。これは私が退任した後にも、やれる範囲でやれたらいいと思います。
 最後にもうひとつ。「サンデー・マティネ・コンサート」のこと。私はライプチヒ人、バッハの街の人間です。バッハはライプチヒで、長年に渡って、合唱団の監督としてお金をもらって働きました。この合唱団はその頃からずっと、金曜日の夜と土曜日の昼に、45分間の無料のコンサートを続けてきたんです。少年だけの合唱団で、2年に1回くらい東京にも来ていますが、いつも満席。日本で聞こうと思うと1万5000円くらいもかかるので、私はなかなか行けません(笑)。合唱団はみんなの税金で運営されていますから、毎週無料コンサートをやるわけです。こういう合唱団は、ほかにもウィーンとドレスデンにもありますが、この三都市以外にはないと思います。
 調布市には、他の街にない特徴として、桐朋学園がありますから、月に2回、日曜の朝に、無料のクラシックコンサートを開いています。本当は毎週やりたかったのですが。これもだいたいいつも満員です。時には入れない人が何十人も出て、外のスピーカーから音楽を流して聞いてもらったりもします。これは、私や嘱託だけでは手が回らなかったので、桐朋の先生2人に頼んでプロデュースしてもらうことで始まりました。もう2年半続いています。予算は130万円です。

―音大生が演奏するんですか?

ゲスナー 学生もやりますし、時々プロも演奏します。ギャラは、学生でもプロでも何万円かしか払えないのですが、そうすれば130万円でも足りますね。お年寄りや子ども、家族連れがとても楽しんでいます。すごくいいコンサートなんですが、時々赤ちゃんが泣いたりして、マナーが悪いと怒るお客さんもいます。でも、無料のコンサートで、若い人がクラシックに出会う場にしたいですからね。これでクラシックが好きになれば、他のコンサートにも行くようになりますよね。これはずっと続けることが大事だと思います。30年は続けてほしい、ライプチヒのように何百年も続くといいですね。演劇だけでなく、音楽も大事にして、この3年間、街づくりのためにとても多くのことをやってきました。

―この劇場の特色がよくわかりました。今日はどうも有難うございました。

(2010年8月28日、せんがわ劇場にて。聞き手 水牛健太郎、大泉尚子、宮武葉子。写真撮影=宮武葉子。協力 三輪久美子)

【略歴】
 ペーター・ゲスナー(Peter Gössner)
 せんがわ劇場芸術監督。ドイツ(ライプツィヒ)出身、調布市在住。演出家、桐朋学園芸術短期大学准教授、劇団「うずめ劇場」主宰、プロジェクトナッター代表。舞台芸術財団演劇人会議主催第1回利賀演出家コンクール最優秀演出家賞受賞。

【参考情報】
・「せんがわ劇場とは 芸術監督ペーター・ゲスナーより」(せんがわ劇場 webサイト

【劇場概要】
 既存の大規模多目的ホールと機能分担を図り、小規模・ホール単体施設の特徴を活かして舞台芸術の創造拠点に特化。同市内にある桐朋学園芸術短期大学准教授で、劇団「うずめ劇場」主宰のペーター・ゲスナーさんを芸術監督に迎えて2008年4月にオープン。床面積188.44 平方メートル、収容人員約100名。「演者の表情や息づかいが身近に感じられ、観る者と演ずる者が一体となった感覚を味わえる空間」を目指して造られた。
▽ビデオツアー(外観・ホワイエ ホール・楽屋・リハーサル室

▽調布市 せんがわ劇場ホール図面1F

「連載「芸術創造環境はいま-小劇場の現場から」第5回」への2件のフィードバック

  1. ピンバック: yasu sato
  2. ピンバック: J. Nishimoto

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