松浦茂之さん(三重県文化会館事業推進グループリーダー)
◎地方発信、劇場の新しい試み
-このコーナーでは、劇場法(仮称)の話題も出ている昨今、各劇場でどのように舞台作品がつくられているかをうかがっています。三重県文化会館は、地域の劇場として、とても意欲的に活動なさっているようですが、運営面を含めてお話をお聞かせいただければと思います。まず、松浦さんのプロフィールについて。事業推進グループのグループリーダーという肩書きでいらっしゃいますね。松浦さんは、もとは金融関係にいらしたそうですが、どういう経緯で今のお仕事に就かれたのでしょうか。
松浦 私は、文化会館を含む総合文化センターの指定管理者である、三重県文化振興事業団のプロパー職員で、公務員ではありません。在籍11年目になります。私はバブルの申し子といった世代。ビジネス界で普通に成功することだけが以前の価値観で、当たり前のように大学から都市銀行に就職し、気付けば東京で為替ディーリングっていう、ドルを売ったり買ったりするような仕事で日々を送っていました。ところがその当時、非常な虚無感に襲われた。銀行には、50歳以上で、魅力的な人生を送っているような人があまりいなかったからなんです。で、そういうビジネス的な成功だけが自分の人生の目的じゃないな、というのを、就職後10年くらいかかってやっと気付いて、ある種の挫折をしたわけですね。
その頃兄から、転職するなら、折角だから地元で人の役に立つ仕事をしたらどうだ、というアドバイスをされました。そんな折、たまたまここの採用募集があったんですね。私は、大きな組織で営業経験があったり、途中、経営コンサルティング会社に3年ほどいて、マーケティングを勉強していたり、そういうキャリアがあったことで、まず管理部門に採用されました。7年間はそこにいまして、今の事業部門に来てからは、4年目になるんです。管理部門では、人事労務と庁舎管理に携わりながら、ISO9000(品質マネジメントシステム)認証取得や業務改革、組織改革、サービス改善に取り組んできました。
-組織内で、文化会館事業推進グループはどういうことをなさってる部署なんでしょうか。
松浦 まず管理部門には、全体の組織人事と建物管理を統括する「総務部」という部門と、それからホールや会議室を利用者に貸し出す業務を担当する「施設利用サービスセンター」という部門があります。それらの業務とは別個に、文化事業だけをやるセクションが事業推進グループです。
その事業の内訳は、まずは「観る」機会を提供する年間20数本の鑑賞型事業です。ここでは県内のリーディングホールとして、海外オペラやバレエ、クラシック音楽などを扱っています。オーケストラは新日本フィルハーモニー交響楽団の関西拠点ホールで、毎年2回の定期公演を開催しています。平成6年の開館以来、2年に1回のペースで小澤征爾さんが指揮をされる劇場でもあります。次に普及型、人材育成型の事業で毎年20数本のプログラムをやっています。その中には、音楽や演劇のワークショップやレクチャーコンサートをはじめ、三重ジュニア管弦楽団の育成事業や、アウトリーチ活動やチケットレスで気軽に鑑賞できるワンコインコンサートなどがあります。それ以外に10数プログラムくらい、県民参加の作品創造事業や、県民の発表の場となる音楽コンクール、県民美術展、県民文化祭など。合計でだいたい毎年50数プログラムくらいをやっていますね。
-事業推進グループで働いておられるのは何人ですか。
松浦 館長を含めて14名です。会館でやるもの以外に、県内のアウトリーチ活動なども含めて、事業に関してはすべてこの14人でやっています。音楽も演劇もダンスも全部、広報もやります。
-では、こちらの特徴ということにもつながっていくと思うのですが、松浦さんが就任された頃の状況、それ以降、ここがどのように変わってきたかをお聞かせいただけますか。
松浦 管理部門にいた時代に遡って話した方がわかりやすいと思うんですが、ここも実は全国津々浦々にあるような、県から職員の出向があるごく普通の県立の事業団だったわけです。平成12年当時、70名中の35名、半分が県職員でしたから、県の出先機関と同じ組織体質だったんですね。それが、北川正恭さんという革新系の知事の時に、県から自立して自主的・民間的な経営をしなさい、コストを抑えつつサービスの質をあげなさい、というような改革の流れがありました。それで、県職員の出向を35人から0人にしていったんですが、その過程で私も採用されました。現在ここは、県職員出向がない完全プロパー化されている財団です。文化会館の梶吉宏館長は、就任10年目なんですが、もともとはヤマハや音楽之友社で役員を歴任。他の部署にも、いろいろと民間の人が幹部として来ています。そういった組織改革をやってきたわけです。業務やサービス改善の分野では、当時の管理委託制度では解決しがたい問題が山積していました。それが指定管理者制度ができて、制度の賛否はともかく、民間でもやれる、つまり現場が裁量権をもっていい制度なんだという解釈も可能になった。この時期、三重県と徹底的に話し合い、公募で指定管理者を選定する以上、現場に裁量権を委ねるべきだという共通認識がもてました。管理委託制度時代に当たり前だった、年度末の剰余金の返納を廃止し内部留保したり、事業や設備投資に活用できるようになりました。会計的自由度を勝ち得たのは、改革の大きい要素です。人事面でも、決められた指定管理料の中で、ある程度自由に職員を採用したり、待遇面を改善できるようになりました。全国の多くの公共ホールは、コスト削減や収入増でがんばった剰余金を県や市に吸い上げられたり、人事面や運用面で自治体側の縛りがありすぎると感じます。
-それではやる気がなくなりますね。
松浦 どんな優秀な人材を集めたとしても、やっぱりインセンティブが働かない仕組みのままやっているのでは、無理なんですよ。根深いこの業界の問題は、実は自治体側の仕組みの方に起因していたりするんです、組織人事の問題とかね。
改革の話に戻しますと、うちの特徴的なところとしては、施設貸出サービスに民間サービスの発想を多く取り入れている点だと思います。指定管理者制度後は、サービス面でも条例で決められている開館時間や料金を自由に変更できるようになりました。たとえば、2つあるリハーサル室は24時間貸し出しています。小ホールも、主催事業では24時間連続使用が可能です。また、火曜日割引や利用料金をコンビニで支払えるサービスなどもしていますが、これらのコストアップのリスクを負うのであれば、現場の裁量でやっていいわけです。
-公共施設では、料金の支払いに2度回出向かなくてはならないところもありますよね。利用法がわずらわしいのも、使う側もそんなものだと思い込んでいて、不便だけど安いから仕方がないか、と思ってるところもあります。
松浦 そうなんです。で、申請して「利用許可」をもらうんですよね。
-「許可書」を持っていかないと貸してくれませんね。
松浦 うちは名前も違うんですね、「ご予約確認書」です。「許可書」じゃないんです。「利用申込書」を出してもらって、「ご予約確認書」を受け取る。これだけでも全然違います。「許可」じゃなくて「社会サービス」だと捉えています。概念を変えなくてはいけないと思います。
-貸し館の賃料の決め方も、営利か非営利か、チケット代が○○円以上の場合…といった形で、すごく細かく分かれていますね。
松浦 これは公共ホールでは一般的なやり方で、独自のやり方ではありません。ただ、うちは、大ホールを使うならパーティルームは半額になるというように、民間的な売り方のセット料金もあります。そういうことは他ではなかなかやっていないかもしれません。
それから、会議室へ行くと、無料で使用できる延長コードとか、A4の紙とか画鋲とかマジックとかが置いてある。これは、ビジネスホテルに泊まると、アメニティグッズが当たり前にありますよね。あれと同じ感覚です。それから、ホテルに泊まると案内があって、「FAXするには」とか「クリーニングするには」とかあるじゃないですか。あれに近い利用ガイドが、うちは各施設に置いてあります。民間のやってるいいサービスは公共施設でもやろうっていうことです。ほかには、ワンストップサービスといいまして、予約から本番終了まで全部トータルでサポートしようというサービスがあります。看板やポスターの作成を代行するとか、アマチュア団体のコンサートのチケットをうちがつくったりね。他にも、会場設営と撤去を図面指示を出してくれたら有料でやりますっていうサービスもあるんです。そういうものの積み上げで、今日に至るわけです。そこまでやってる公共ホールは、まだ少ないんじゃないでしょうか。
-公共ホールでは、まずないでしょうねえ。
松浦 でも、うちはこの業界だから先進的、すごいと言われるだけで、ホテルなど、他の業界だと当たり前にやっているサービスです。
(続く >>)
「連載「芸術創造環境はいま―小劇場の現場から」第7回」への9件のフィードバック