連載「芸術創造環境はいま-小劇場の現場から」第12回

||| 海外のフェスティバルでネットワークを

-次に、具体的な事業の内容について伺います。高知県立美術館は「高知パフォーミング・アーツ・フェスティバル」などで、かなりの海外アーティストを呼んでいらっしゃるという印象があります。中には巡回の公演も含まれるでしょうが、独自の試みもあると思います。そのあたりの狙いをお聞かせください。

藤田直義さん藤田 高知県立美術館の場合、海外からの直接の招聘を始めたのは5年くらい前からの話なんです。それまでは、たとえば「カンバセーション」といった、いわゆる招聘業者に依頼していました。また世田谷パブリックシアターや彩の国さいたま芸術劇場などの中心的劇場が、海外からカンパニーを呼ぶので一緒に上演しませんかというお話をもちかけてくれてもいました。
 ただ、最初に事業を始めた時から、他の劇場と同じプログラムはやりたくないという気持ちはありました。また国内のカンパニーであっても、まだ地方では公演してないところを取り上げてきたし、仮に他の劇場と同じカンパニーを取り上げたとしても、ちょっとどこか違う味つけがされているような公演を目指してきました。その延長線上で、海外からも他の劇場とは違うカンパニーを独自に招聘したいと思いました。

-その場合、海外のカンパニーとの交渉はどのようにしますか。

藤田 それまでは、海外に行くきっかけもまったくなかったんですね。だけど5年くらい前に、近藤さんも一緒だったけれども、ソウルの芸術見本市に、TPAM(当時は「東京芸術見本市」、現在は「国際舞台芸術ミーティング in 横浜」)の事務局を務めるPARC(国際舞台芸術交流センター)の紹介で行ったんです。たまたま当館で制作した演劇作品が、鈴木忠志さんらが主催しているBeSeTo演劇祭で上演されたこともあって、ソウルに出向きました。
 それが出発点となって、1か月後モントリオールの芸術見本市「CINARS(シナール)」に近藤さんらと一緒に行きました。そこで海外から招聘している方がどこで作品を見ているのか、どこと交渉して、どうやって日本に作品を呼んできているのか、そういったことの一端が分かったんです。それ以降、幸いなことに毎年1、2回海外から招待されることが続いたので、実際に作品を見て目をつけたカンパニーと交渉しました。

近藤 私は昔アメリカに住んでいましたし、この仕事をやり始めたきっかけ自体も、最初から海外との交渉とか、そういうことを含めてやってみたいと思っていたので、自然な流れでしたね。

-最初に金沢21世紀美術館に入られた時から、近藤さんはそこを期待されていたんでしょうか。

近藤 そうですね。もともとの美術館のミッションも、名前が表しているように「21世紀の新しい形の美術館を目指そう」というものでしたから。展覧会も、必ず全部自分たちが作った企画展をやっていくことが前提で、巡回展は絶対にしませんと。ホールイベントの目的もそうでした。
 ところで最初に藤田さんにお会いしたのは、コミュニティシネマ会議というところでした。まだ美術館に入ったばかりの頃で、私は映画の分野では本当に素人だったんですが、こういうユニークなプログラムをやっている人がいますよ、と紹介されたのが藤田さんだったんです。その頃から面白い舞台芸術のプログラムを美術館でなさっていたんですよ。当時は、地方の美術館でそういうことをやってるところはほとんどなかったですから「すごいじゃないですか、これからもっと、一緒に好きなものを呼んできましょうよ!」とか話をした覚えがあります。
 それからも藤田さんとは韓国とかシナールとか、いろいろな場所でお会いします。日本では、お互い地方にいますし、普段なかなか会う機会がないんですけどね。私は「旅友(たびとも)」って呼んでるんですが、海外のそういった芸術見本市に行くと、意外と時間もあってゆっくり話せるし、それぞれの事情や悩みを情報交換できる。一緒に同じものを見ますから、これ面白いよね、じゃあ、これ何とか呼んじゃいましょうよとか、そういう話にもなってくる。それとTPAM、やっぱり彼らのおかげということもありますね。
 1回行っただけじゃ駄目なんですよね。やっぱり続けて行くことが大事。いろんなところに行くと、来ているのは、ほぼ同じ人たちが多いんですね。そのうちに、「やあやあ、またまた」というふうに、だんだん知人が増えていくわけですね。その中で、今、誰が面白いことをやっているという情報も増えて、アーティストと直接話す機会も増えていく。そうした機会が増えることによって、我々の可能性も広がるし、日本の中でのネットワークも徐々に広がっていきますね。

-ある意味、海外のフェスティバルにプロデューサーたちのサロンみたいな環境ができているわけですね。他の日本の劇場や美術館の人は来てますか。

近藤 山口情報芸術センター、愛知芸術文化センター、伊丹のアイホールとか、東京ならスパイラルホール、青山劇場などの方とは結構一緒になりますね。

藤田 以前は、招聘業者が海外に行ってアーティストや劇場関係者と話をし、日本に帰ってきて、それを主催してくれる劇場を探していた。そこにワンクッションあったんですね。でも我々が直接行けば、自分の劇場があって予算もあるわけだから話も早い。おそらく、海外では劇場を持たないプロモーターではなく、劇場のディレクターがそういう場に集まってきていて、そこで交渉をしているのが普通の状態じゃないかなと思います。
 首都圏の主要な劇場は、以前から海外のいろいろな芸術祭に担当者を派遣していたのでしょうけれども、今は地方都市から担当者が行くようになっている。5年前のシナールなんか、日本人が40人くらい来てたんですよね。本当に驚いたのは、静岡、沖縄、福岡、大阪など全国各地から来てたんですよ。
 そうか、これからはこういう時代になっていくんだ、他の地方都市が皆、国際的なネットワークを作り始めているのだから、うちも乗り遅れずに高知県として独自のネットワークを作らなければと思い始めて、海外出張に積極的になりましたね。

-PARCの丸岡ひろみさんやフェスティバル/トーキョーの相馬千秋さんのような首都圏に拠点を置くディレクターが海外に行くだけでなく、各地方の人たちが直接海外のフェスティバルに行って、そこでお互いに情報を交換する状況ができているわけですね。

藤田 実際、丸岡さんの力が大きいんですよ。彼女がいろいろな海外の芸術祭を紹介してくれている。丸岡さんは東京、今は横浜でTPAMのディレクターをされているばかりでなく、地方のためにも、力を注いでくれていますね。

近藤 TPAMの前身は、運営母体は少し違ったはずなんですけど、いわゆる招聘業者が買い付けるための見本市、みたいなところがあった。それを2005年に丸岡さんたちがやり始めてから、がらっと変わったんですね。

-そのTPAM立ち上げの頃には、原宿パフォーマンスプラスや韓国ナム・ジュン・パイク・アートセンターでディレクションをしている小沢康夫さんもいたと聞いています。

近藤 私はまさにその小沢さんから、まだ美術館に入って1年目の、2005年だったかと思いますが、ご連絡をいただいたんです。「今度、地方の、ちょっとオルタナティブスペース的なところの人たちを集めてシンポジウムをやりたいので、ぜひスピーカーとして出てもらえないか」と誘われたんですよ。
 その時に私もびっくりして、「何で私の名前を知ったんですか?」と伺ったら、「金沢21世紀美術館のコンセプトブックを読んで非常に面白いと思ったんです」と電話で言ってくださったんです。ああ、こうやってちゃんと、どういう見本市にしていきたいというのを考えながら作っていかれるんだなということが分かって、それだったらぜひぜひと。やっぱり、会を主催するコーディネーターとかプロデューサーを誰がやるのか、その意図とか、どこを向いているのかということは非常に大事だなと思いますね。
 もちろん時代の流れもあります。時代がそういうものをだんだん必要としてきたんですね。もう中央集権の文化ではなく、もっと地方ががんばらなければいけないという流れがやっと出てきたと思います。

-やはり、「地方の時代」が到来したという実感はありますか。

近藤 はい。

藤田 たとえば美術などは、これまでも東京中心というわけではないですよね。展覧会は地方で独自のものが開催されています。金沢は一番メジャーだけれど、たとえば丸亀市の猪熊弦一郎現代美術館だって独自に海外アーティストの展覧会を企画している。
 パフォーミングアーツでもそういう流れは起こっていて、それをもっと根づかせるために、地方の何館かが手を組んで招聘するような状況が増えていけばいいなと思っています。四国で言えば、四県がそれぞれのネットワークで違うものを海外から呼んでくるというような、独自のチャンネルを皆が作らないといけないんじゃないかな。

-つまり、同じ作品を四国の中でぐるぐる回すということではないんですね。

藤田 そういう発想は私には全然ないです。

-それは非常に面白いですね。使い回しをするためではなく、それぞれ独自の色を出すためにこそ、各地で様々なネットワークを構築していくということですね。

藤田 これまで海外のフェスティバルには、実は先方から渡航費などに関して一定の補助が出るところに行っていましたが、もうそろそろ、それは卒業しないといけないと思っています。丸岡さんにも「補助が出る機会は他に譲って、あなた方は招聘されるのを待つのではなく、館の予算で必要と思う場所に自主的に行かないといけませんよ」と言われています。そういう段階に差し掛かっていると思いますね。
 ただ、さすがに何十万円単位のお金が要りますからね。そうした出費をすることを、少なくとも美術館内部で「当たり前だ」と考えられる状態に持っていかないといけない。今までは招待されているわけですから、ちょっとの追加費用で済み、内部の決裁もおりやすかったけど、これからは「50万円をかけて調査に行きますよ」ということを普通の状態にしていきたいと思っています。(>>


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