はえぎわ「ハエのように舞い 牛は笑う」

5 質の高い抽象画(平井千世)

 友人の叔母さんが銀座で絵画の個展をするという。案内のはがきには黄土色系の抽象画が描かれている。「実物を見ると、大きくて、マティエールがすごくて、絵に引きこまれていくのよ」と友人は言った。抽象画というものはなかなか理解しがたいのだが、それがいい絵であることは伝わった。今回『ハエのように舞い 牛は笑う』を観てその絵画のような舞台だったな、と思った。

 物語は活火山がある島が舞台だ。その景観からゾンビのいる島としてゾンビ映画の撮影の名所となっている。
 この作品は、そのエキストラとして生計を立てている男・ハルボク(富川一人)と自ら記憶を捨てていくその兄・アキボク(河井克夫)、離婚して都心から島へ移り住んでいる母・さきいか(井内ミワク)と娘・ゆたか(川上友里)、普段は離れて暮らしているがその母のもとに夏休みの間だけ遊びにきている妹・りんか(橘花梨)、寂れたボーリング場を経営する女性・更田知世(笠木泉)とその部下・ウワン(竹口龍茶)、ボーリングで遊んでいるうちにボールから指が抜けなくなった男・ボン(山口航太)とその友人・鯉登(滝寛式)、島へ旅行中のカップル(鳥島明、鈴真紀史)、自動販売機に飲料を補充する仕事をする男(上村聡)などが、様々な悩みを抱えながらも生きていく様子を描いた群像劇だ。

 舞台は中央には何も置かれていないシンプルな作りである。縦は床から天井近くまで、横は舞台の上手から下手まで広がる枠が舞台奥にあり、白い和紙のようなものが貼られている。それは影絵を映すスクリーンになったり、下の枠から出入りできるドアになったり、上の枠は開くと顔が出せる窓になったりする。
 舞台前は、オーケストラピットの部分が開放されており、1メートルほどのすきまの先に柵を立てることで観客席と舞台を隔てている。その空間は、飛び込んでキャストがはける演出をしたり、ボーリングで正面からボールを投げ入れるシーンに使われたり、飲料を空間に落とすことで自販機に飲み物を補充する様子を表現するなど、とても効果的に使われていた。

 左右には演奏ブースがあり、上手側にパーカッションや鍵盤ハーモニカなどを担当する川村亘平斎、下手側にはウッドベースやウクレレなどの弦楽器を弾く田中馨が控える。この2人のアコースティックな生演奏は耳にとても気持ちよく、この演奏を聴けただけでもお値打ちと思わせるような贅沢なライブだった。

 私が、この作品で一番気になったのがモロタ(町田水城)という登場人物だ。ゆるキャラのような緑色の着ぐるみを着てひょこひょこ歩くモロタとは一体何なのだろう。「モロタは善意もないし悪意もない。人間ともいえないし、ただ、生きているという生き物」と紹介されていた。
 普段は東京で父と生活しているりんかは、誰が父親なのかわからない子供を宿していることを母や姉に打ち明けていない。彼女は「モロタに会ったら話したいことがあるんだ」と言い、記憶を捨てていくアキボクに「悩みはモロタに言うといい」と語っていた。「となりのトトロ」のような容姿からも、モロタは精霊や妖精のようなハッピーなものだろうと思われた。
しかし、ラストシーンでモロタの顔は肉を貪り食ったかのように血まみれになっていたし、アキボクはモロタの世界へ引きずり込まれていた。人畜無害と思われていた者が実は一番の悪人だったという話はよくある。かわいらしい容姿とは裏腹に、モロタは不気味で恐ろしい何かを象徴しているようだった。

 つまらないなと思う芝居は集中力が途切れて眠くなったりするのだが、この作品は飽きることなく、最後まで集中して観ることができた。役者はみんな違和感がなく声も聞きとりやすく身体表現も豊かで上手かったし、2人のミュージシャンの生演奏もすばらしかった。世間の評判も良いと聞く。気持ちよく観劇できた点でもいい演劇だったのだろう。
 しかし、作品が何を言いたいのかよくわからなかったし、何がテーマなのかも私には理解できなかった。群像劇では登場人物の中から感情移入できる者が見つかると物語に入っていきやすいのだが今回は共感できる人物もいなかった。冒頭でこの作品が件の抽象画のようだと言った所以がこれだ。「はえぎわ」は『ハエのように舞い 牛は笑う』が初見、そして観劇経験不足のせいもあってこの作品の奥深さを見出せなかったのかもしれないが…

 絵画は、良い(と言われる)絵を数多く観ることでそのよさがわかるようになるという。演劇鑑賞でも同じことが言えよう。劇団を追いかけてその歴史や変遷を検証するのも一興。たくさん観ることでわからなかったことも見えてくるかもしれない。
 ただ、観劇は評価すること自体が目的ではない。評判がいいと言われる作品のよさがわからなくても、なにより劇場に足を運ぶこと自体が楽しい。自分好みの作品に出会う喜びは言うまでもないが、ライブで観劇できて、作品に思いを巡らすこと自体が至福の時間なのだ。日頃のストレスからも解放され、観劇ライフは日常生活を豊かにしてくれる。「はえぎわ」は来年4月に新作公演が決まっているという。ちょっとリベンジという気持ちも込めて観てみたい。また、楽しみができた!
(2014年8月27日14:00の回観劇)

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