初日レビュー第8回 ブルドッキングヘッドロック「嫌な世界」

 ブルドッキングヘッドロックは2000年4月に旗揚げから10年。「グロテスクな日常に、ささやかなおかしみを」醸し出す作品を生み出し続けてきました。10周年記念公演第3弾は「嫌な世界」(サンモールスタジオ、2010年12月17日-31日)。どんな舞台だったのでしょうか。五つ星の評価と400字レビューをご覧ください。掲載は到着順。(編集部)

▽水牛健太郎(ワンダーランド)
 ★★★★
「嫌な世界」公演チラシ 二時間半の長尺だがあっという間…ということはなく、それなりに長さは感じるのだが、嫌ではなかった。ずいぶん色々なことが起きるようでもあり、何も起きないようでもあり。サービスたっぷり、笑いもあれば役者の体技に感心もする。みっちりしっかりしたお芝居だ。出演者がまた魅力的だし。
 乱暴に言ってしまえば「下町人情劇」みたいなくくりにちゃんと入るが、今どきの不安や閉塞感、SF風味やちょっとしたグロ味まで盛り込み、複雑極まりないバランスは見事。この世の中、一寸先は闇が常態だから、見終わった後のもやもやは正しい。
 「壊し屋」という触れ込みの人がそれほど何かを壊したように見えないこと、最後まで見てもどんな人なのか像を結ばないキャラが散見されることなど、気になる点もあるが、それもリアルと言えば言える。それにしてもあの「火星」って「満洲」ですよね。実は「ソウル市民」「紙屋町さくらホテル」みたいでもあるのだった。
・ワンダーランド寄稿一覧:http://www.wonderlands.jp/archives/category/ma/mizuushi-kentaro/

▽大泉尚子(ワンダーランド)
 ★★★
 2時間半の舞台を見終えて、和洋中のフルコースを食した気分。初の劇団員のみの公演だというが、総勢15人の役者陣は達者かつ多彩で、この中の3、4人がメインにいれば1本の芝居が成立してしまいそう。オープニングは、「男はつらいよ」の冒頭からの展開をチラリと思わせるし、隣の親父のロボットっぽい動きは、吉本興業のチャーリー浜かよ!と突っ込みを入れたくなる。そんな連想が働くのも、随所でひねりを効かせつつ、理屈っぽくないところでのサービス精神がむやみに旺盛なせいかもしれない。
 町の小さな玩具工場を舞台に、経営者の家族と、住み込みや通いの工員たち、近所の理髪店を営む兄弟などが繰り広げる「嫌な世界」。登場人物は、夜な夜な爆弾作りに励む工員や、不倫相手を子どもの家庭教師として家に引き入れる母親や、家庭訪問にきた担任の胸をやおら揉みまくる小学生の息子と、ハチャメチャな奴ら揃い。ただ、火星移住(!?)まで出てくる破天荒なストーリーの割には、根底では親子兄弟の情が無条件的に肯定されていて、「嫌な世界」の「嫌さ」がさほどではなかったのが、やや期待はずれの感も。
・ワンダーランド寄稿一覧:http://www.wonderlands.jp/archives/category/a/okano-hirofumi/

▽岡野宏文(エディター&ライター、元「新劇」編集長)
 ★★
 悪夢のウツツを生きる人は安らかな夢を見る、というのが私の持論である。いずれにしろ神様は、よせばいいのに等分の苦痛と快楽を我々に割りふるへそ曲がりに変わりはない。初見のくせして無礼な見立てで身も細るが、「嫌な世界」は私にとってはべらぼうに「お喋りな世界」であった。舞台は下町の小さな玩具工場。その工員たちと近所の方々が、心憎い間合いで一人また一人と新たな関係性を背負って登場し、既に充分こんぐらがってる成り行きをダメ押しにややこしく動かしていく。これはお喋りにならざるを得ない。喋ることで絡まった糸をほぐすのだけが彼らの存在理由だ。だがほぐれた隙間からのぞく素顔は存外みんな善人に見えた。おぞましい夢も舞台の裏で見てくれていればいいのだが。豪雨、泥水、堤防決壊など悪意はすべて外界からくる。それさえも終幕のクリスマスには雪が純化するではないか。室田家の少年の懊悩は善人にとり囲まれたガマの脂なのだった。
・ワンダーランド寄稿一覧:http://www.wonderlands.jp/archives/category/ta/tsuru-yuko/

▽都留由子(ワンダーランド)
 ★★★☆(3.5)
 火星移住が話題になるころ。地球では異常気象が続く。その地球の、たぶん下町の、何ということもない町工場が舞台。それぞれにちょっとした隠し事を持つ人たちが登場する。劇団の10周年記念公演ということでだろうか、風呂敷をずいぶん大きく広げていて、内容もすごく盛りだくさんで、ちょっと散漫な印象もあったが、役者もうまかったし、二時間半の上演時間は十分楽しくて長すぎるとは感じなかった。「嫌な世界」というが、恋あり、親子・夫婦の情愛あり、人情あり、世間からは特に注目もされない名もない庶民の喜怒哀楽っぽくて、もっと“いや~な世界”が展開するのかと思っていたので、その点ではやや拍子抜けしてしまったけれど。世界なんかなくなってしまえばいいのにと思う瞬間は誰にでもあると思うのだが、そのからみつくようなどうしようもなさをもう少し味わいたかったな。中盤の停電の場面の処理がとても面白かった。
・ワンダーランド寄稿一覧:http://www.wonderlands.jp/archives/category/ta/tsuru-yuko/

▽杵渕里果(保険業)
 ★★★☆(3.5)
  寅さんのタコ社長を彷彿させる〝下町の人情味ある町工場〟とその界隈の若者たちの群像劇。親の玩具工場や理髪店を継ぐ実直な息子たち一家と、粗暴だが人は好いモト暴走族、技術屋肌のドライな流れ者、親をなくした兄妹などの住み込み従業員。”昭和三十年代的””というべきか、ホームドラマで見たような実物は見たことないよな~っていう”お互いをさりげに気遣う擬似大家族”みたいな暮らしっぷりを、昭和五十年以降生まれアラサー役者たちが不思議と好演。モト暴走族の工員を演ずる役者馬場泰範は、フゾリ(ふぞろいの林檎)の柳沢慎吾そっくし! 役者陣★5。シタマチぽい舞台装置も★5。しかしどう転んでも人情芝居。台本の喜安浩平は「この世界…嫌いになれなくて困っております」とリーフによせるほど、実は≪嫌いになれない世界≫。「嫌」を期待する客は狼狽確実な題名に★1。工場界隈を脅かす天変地異(大雨)や開発の波(火星移住計画)といった、人情劇の外延の設定も説明不測で★2。総合点で★3.5。
・ワンダーランド寄稿一覧:http://www.wonderlands.jp/archives/category/ka/kinefuchi-rika/

▽ハセガワアユム(MU
(★は相対評価を避けるため、どの作品にもつけません)
 プロデュース公演が激増した時代を経て、15人もの劇団員を抱えて10周年を迎える劇団である。団員同士の結束はもちろん、脚本・演出を務める喜安浩平氏の侠気による賜物であろう。演劇は映画と違って俳優をまるまる拘束する生ものであるため「出演シーンの配分」が劇作家として裁量を問われる。多い少ない薄い濃い辛い甘い、など様々なバランスがあるが、ただ万遍なく出演する「幕の内弁当的な演劇」に陥ってしまうものも散見する。本作は劇団外部からの客演が無く劇団員のみだからか、全く臆する事無く、まるで映画のように登場人物がシビアな配分で存在する。それぞれが印象的だし被るようなことも一切ない。諸事情で私は遅れての観劇になり、上演時間はそれでも二時間を超えたが気にせずに観切れた。これはもう侠気と呼びたい。
 そして物語だが、町工場を舞台に「壊し屋」と呼ばれる女がやって来る。何が行われたかは字幕でアッサリと説明されて次のシーンへ飛んでしまうのだが、私はその顛末にドラマティックの芽を感じたのでこちらをクローズアップして欲しかった。たぶん四時間を超えてしまうだろうが、観れてしまう気がする。

▽北嶋孝(ワンダーランド)
 ★★
 地球環境が悪化して火星移住が始まった近未来、下町の玩具工場が舞台。癖のある善人たちが織りなす人情劇を、役者たちがちょっと戯画的に、しかし則を超えないほどの範囲に収めて演じる。この手の芝居はやり過ぎが致命傷になりかねないけれど、この則を心得たあたりが役者と演出の実力と言うべきだろう。ナイロン100℃仕込みの諧謔テーストもセリフにあふれて楽しく、安心してみられる。
 でもさ…。冒頭に夢見のシーンを配置するのは戦略を間違えたのではないか。荒唐無稽なキャラクターやほつれた物語を取り繕うため、「夢」が便利に使われたとの疑念をぬぐい切れない。要するに、火星移住が持ち出される必要もなければ、夢の力を借りて物語を展開する理由も定かではない。どうせなら火星でも銀河系の異星にでもぶっ飛んでもらいたい。でなければいっそ、身のまわりのベタな世界をトコトン描いてもらいたい。その先にこそ「グロテスクな日常」から「ささやかなおかしみ」が滲んでくるのではないか-。キャリア10年。舞台ならではのおもしろさを堪能させる、実力派の集団なのだから。
・ワンダーランド寄稿一覧:http://www.wonderlands.jp/archives/category/ka/kitajima-takashi/

【上演記録】
ブルドッキングヘッドロックvol.20『嫌な世界』(ブルドッキングヘッドロック10周年記念公演第3弾 サンモールスタジオ提携公演)
サンモールスタジオ(2010年12月17日-31日)
作・演出:喜安浩平(ナイロン100℃)
出演:
西山宏幸
篠原トオル
永井幸子
寺井義貴
小島聰
馬場泰範
山口かほり
藤原よしこ
猪爪尚紀
深澤千有紀
岡山誠
伊藤聡子
津留崎夏子
林生弥
喜安浩平

スタッフ
舞台美術:長田佳代子
照明:斎藤真一郎(A.P.S)・小原ももこ
音響:水越佳一(モックサウンド)
舞台監督:山下翼
演出助手:陶山浩乃
音響操作:平井真紀
音楽:西山宏幸
映像:篠原トオル・猪爪尚紀
映像操作:諸田奈美
衣裳:山口かほり
宣伝美術:オカイジン
宣伝写真:石澤知絵子
記録映像:寺内康太郎
スチール:nana
ウェブ:久野ひろみ・寺井義貴
制作:林拓郎(J‐StageNavi)
企画・制作:ブルドッキングヘッドロック

協力:ダックスープ KNOCKS,INC. マリエ・エンタープライズ株式会社 太田プロダクション イマジネイション Queen‐B ナイロン100℃ 世界名作小劇場 秘密結社ブランコ 温泉きのこ ニッポンの河川

コメントを残す

メールアドレスが公開されることはありません。 が付いている欄は必須項目です

CAPTCHA


このサイトはスパムを低減するために Akismet を使っています。コメントデータの処理方法の詳細はこちらをご覧ください