||| 収入率を上げてはいるのだが…
-ところで、実際の運営にはやっぱりお財布―経済的な部分が付いて回りますよね。こちらの指定管理者である三鷹市芸術文化振興財団は、「概要」に、はっきり数字を出しておられて、全体の年間予算は約7億8000万円(平成22年度)ということですが、そのうち演劇関係はどのくらいの割合を占めているんですか?
森元 約7億8000万円は光熱費も人件費も全部入った予算なのですが、演劇分野の企画の予算としては、人件費を除いて約1億円です。1億円支出して、7000万円稼いでいます。ですので3000万円が三鷹市からの補助金ということになります。
オープン当初は6000万円以上の補助金があったのですが、日本経済の悪化から毎年毎年カットされて、今は半分以下になりました。実は23年度も補助金10%カットだったんです。だから同じ公演規模を維持しようと思うと、収入率を上げるしかないんですね。
例えば1億円支出して7000万円稼ぐなら収入率は70%。その補助金3000万円を、財政状況が厳しいので来年度は2700万円にしてくださいって三鷹市からお達しが来るわけです。で、支出を1億円のまま予算を立てるなら、7300万円稼いで収入率は73%。
それはしんどいからって、支出8000万円の予算を組めば、補助金は2700万円だから、5300万円稼げばいい。これだと収入率は66%でいいし、楽になる。ただ、それだとだんだん事業規模がジリ貧になっていきますよね。そこで事業の規模を少し大きくして1億2000万円支出して9300万円稼げば、補助金は同じく2700万円だけれども、事業規模は20%大きくなっていると。でも収入率は77.5%になっていて、さらに稼がねばならないから大変ではあると。
しんどいけれど何とか知恵を絞って収入率を上げて、毎年事業規模を少しずつ大きくしていっている現状です。
-補助金を減らされた分、収入を増やしてるって、すごいことですよね。
森元 補助金減の中で、前の年よりも淋しくない事業を実施しようと思ったら、現状ではこの方法しかないです。でも、毎年必ず削減の指示が来るんですけど、実は僕はそれに文句を言ったことはないんです。だってこのご時勢だし、どの部署も同じように痛みを負っているのなら仕方ないですよね。だから、どうやったら支出をぎりぎりまで削れるか、あらゆることをやってきています。まあお金がないのは仕方ないし、「お金、お金、お金」って100回言ったら増えるんなら私も言いますけどね(笑)。どうせ増えないんなら、アイデアと熱意と信頼で勝負するしかないですね。
-貸し館事業と自主事業の割合はどのくらいですか。
森元 フィフティフィフティです。これは一番の特徴だと思うんですけど、三鷹は「シアター」じゃなくて「ホール」なんですね。地下2階に音楽練習室というのがあって、稽古場としても使えるんですけど、6か月前からの申込みで、市民利用でほとんど一杯になっちゃうんです。ホール利用の申込みは1年前からなんですけど、土日なんかはもう抽選、抽選で。よく地方へ行くと、ホールを作ったはいいけど利用率は低くてみたいなことを聞くけれど、三鷹はお陰さまで、ホールも練習室も利用率は100%近いんです。
だから、僕らがつまんない、お客さんの数も少ない公演ばかりを上演していたら「もう自主事業はやらなくていい」って言われることになりかねないんです。例えば演劇のジャンルを止めたら、それこそ森川と僕の人件費もかからないし、補助金の3000万円も浮くわけですし、市民ももっとホールを利用できるわけですから。だから「こんなプログラムと集客率なら自主事業全面中止」と言われないように、日々がんばらなければなりません。
-財団の概要によると、芸術文化センターには職員の方が12人おられますが、森元さんはそのお一人で、財団職員ということですか。
森元 はい、演劇企画員として採用された財団固有職員です。先にも言いましたが、演劇・映画・落語・古典芸能の企画が仕事です。契約社員ではなく正社員として雇われています。待遇は福利厚生も含め市の職員と一緒ですね。
で、どうでもいいんですけれど、今、係長です。この上はもう管理職になっちゃうんですが、いつも「昇進は一切希望していません、降格は喜んでお受けします」って言っています。現場を離れるなんて絶対に嫌ですね。
これは冗談に聞こえるかもしれないですけど、16年間勤めて、1回も「仕事場に行きたくない」と思ったことがないんです。眠くて、どうにも起きられなくて「行きたくない」と思うことは毎朝なんですが(笑)。とにかく仕事場に着いたらあっという間に昼で、あっという間に夕方なんです。本当にありがたいことだなあと思います。
ちなみに、企画担当となっていますが、公演当日の会場運営はもちろん、マスコミへのリリースなどの広報宣伝や、チラシ・ポスター作り、票券、営業、伝票作成、契約書の作成、アルバイトの手配・・・と、公演を滞りなく終えるための、ほとんどすべてを私と部下の森川の2名でやっている感じです。
||| 芸術監督制には危惧も
-最後に、劇場法(仮称)のことを伺いたいと思います。震災ですっかりかすんでしまった印象で、これからどうなっていくのかなと思うんですけど、劇場法で提唱されていることに対しては、どういうご意見をお持ちですか。
森元 一時期、ほんとによくいろんな方から聞かれまして。でも表立って答えるのはこれが初めてだと思いますが、広い意味で、劇場法に書いてあるようなことを、何となく三鷹はずっとやってきたような気がするんです。もちろん芸術監督という立場ではありませんが、部下が入ってくる前までは、何から何まですべての仕事を私一人でやっていましたし。
劇場に芸術監督がいて、その人のポリシーで運営して、そういった劇場にお金が下りてきて、その劇場ならではのオリジナルなことをやるというのが劇場法だと僕は捉えていますが、それなら、それほど変わらないことを三鷹はやってきたんじゃないかなあと思っているんですが。違いますかねえ?
-それを法律として定めた方が、より定着するとお考えですか。
森元 ニュアンスがうまく伝わるといいんですけど、三鷹は1億円使って7000万円稼いで、三鷹市から3000万円のお金をすでに補助金として頂いています。その上で、劇場法による予算をいただける場合、あればあったで嬉しいし、今までお金がなかったために諦めたあんなことやこんなことをやれるならありがたいなあと思いますけど、お金がなかったら知恵を使えばいいだけのことなので、なければないで、これまで通りがんばるだけです。
だからまず、この問題の中心である、劇団にお金が出るか、劇場にお金が出るかということでは、個人的には「三鷹のホールで公演をしていただく」立場だと思っていますし、お呼びする劇団への敬意を忘れたくないので、今まで通り劇団でいいんじゃないかと思っています。
鶏が先か卵が先かの議論をすれば、この件は明らかに「劇団が先」なんじゃないかと思うんですよね。実際、普段がんばって公演を打っていらっしゃるのは劇団なのですから。最初は助成金がどうしたとかはまるで考えずに「自分たちの表現したいことはこれだ!この作品でどうだ!」って、いろんな劇団が萌芽してこその演劇の土壌ですから。
その上で、骨子への部分とは違って、枝葉の部分のことばかり言うことになってしまうかもしれないんですけど、劇場法が成立した際の懸念材料はいくつかあります。
まず、世の中的には「芸術監督が革新的なことをしようとすると、それに役人が抵抗してなかなか芸術監督の思うようにならず、フラストレーションが溜まっていく」という場合がイメージされやすいんじゃないかと思うのですが、僕が一番懸念しているのはその逆で、芸術監督が就任した、その下にいる市や県の職員さんや専従職員さんのことなんです。
ある程度演劇のことが分かっている専従職員を全国に散らばすというプランはわかるんですが、芸術監督に対して「いや、この劇団の方がいいと思う」「その舞台に起用しようとしている作家は脚本が弱いので、公演が成功するとは思えません」とか言える、ちゃんと知識を持っている人が、そのポジションにいるのかという点なんです。
結構、お役所というところは権威のある人には弱いので「先生がおっしゃるなら何でも」という姿勢になることが多いんですよ。「お説ごもっとも」という感じで。だから、現場の職員が意見を言っても「先生に対して何を言ってるんだ。失礼だ。先生すいません」ということになるんじゃないかと。芸術監督とがっぷり四つに組めるような、公立ホールのことも分かり、地方自治体の抱えている現実も理解し、その上で劇団への公平なジャッジができる人がいれば別ですけど、そうでなければ、もう先生さまさまになってしまうんですね。
そして例えば、芸術監督の肝いりで公演した舞台に客が入らなかったときに、芸術監督が責任逃れして、そのホールの職員のせいにして「君たちの売り方が悪い。そんなお役所仕事の売り方じゃ駄目だ」とか言ったり、その割に、じゃあ具体的にどうするのかを全く指示できなかったり、さらには「売れないのは、まだまだ市民の文化度が低いからだ」なんて、その町のせいにしたり。もともと、東京でだってそんなに集客力のない劇団を呼んできておいて、それをまして地方で、その土地柄も考えずに、売れないのは君たちのせいだとか、もっと民間の力を導入せよって口で言われてもねえ、ということが起きてしまわないか心配になるんです。
あとですね、もしも芸術監督が、自分の旧知の演劇人に、「今、○○ホールで芸術監督をやってるんだけど、ちょっとうちのホールで公演しないか」みたいなことを言って、何せ予算を知っているので「ちょっと多めに、これくらいの予算取っといたよ」みたいなことを言う人がいたら、それは誰がチェックするのだろうと。下手したら不正の温床になるんじゃないかと。
これも芸術監督の下にいる人たちが「この金額はおかしい」とか「この劇団を呼ぶ理由がわからない。自分と仲がいいから呼んでいるだけでは」と公平なジャッジで意見し、それを演劇にあまり精通していないかもしれない上司がきちんと聞く力があり、冷静にジャッジできればいいけれど。
そういう意味でも、現場がよっぽど成熟していないと、芸術監督を置くというのは僕はいいことばかりではないと思うし問題点も多いのではないかと、こういった現実的な部分をひとつひとつ想像していて、どうするのか考えた方がいいと思っています。
あと「素晴らしい公演をやっていらっしゃる劇団に、三鷹で公演していただけるよう、精一杯交渉する」ことをモットーとし、「来ていただいているんだ。本当にありがたい」という想いが強い私としては、何か〈劇場に呼ばれるために、劇団が劇場におもねるような現象〉が起きなければいいなあと思います。
ちゃんと各ホールが自らの目を信じて、それぞれのホールの持ち味で招聘するという理念通りにいけばいいけれど、営業力やプレゼン能力の高い劇団ばかりが公立ホールに下りた予算を享受してしまうようなことがなければいいなあと。それだと、「毎年のように、国から助成金を取る劇団」の「国」のところが「公立ホール」に変わるだけではないかと。そのあたりが私の今現在の見解となります。
-今日は長時間、どうもありがとうございました。
(2011年4月19日、三鷹市文化芸術センターにて。聞き手:大泉尚子、都留由子、北嶋孝 協力:松岡智子)
(初出:マガジン・ワンダーランド第242-243号、2011年5月25日、6月1日発行。無料購読は登録ページから)
【三鷹市芸術文化センター】
1995年(平成7年)開設。鉄筋鉄骨コンクリート造り、地下2階・地上2階建。風のホール、星のホールをもち、演劇公演は星のホール(客席167㎡、250席)で行う。創作展示室、音楽練習室、会議室、吹き抜け空間のフェスティバルスペースも。4月に、こだわりお肉と菜園料理の店「カムラッド」三鷹店もオープンした。
【略歴】
森元隆樹(もりもと・たかき)
1964年生まれ。広島県出身。早稲田大学卒。現在、公益財団法人三鷹市芸術文化振興財団事業係長兼演劇企画員。
「連載「芸術創造環境はいま-小劇場の現場から」第10回」への6件のフィードバック