振り返る 私の2014

水牛健太郎(ワンダーランド)

  • 鳥公園「空白の色はなにいろか?」
  • 悪魔のしるし「わが父、ジャコメッティ」
    (順不同)

チラシ11 5~7月にかけて妻が入院、それに伴い、カネも時間も気力もなくなり、ほとんど観劇をしない時期があった。ようやく調子が出てきたらもう今年も終わりという感じなので、挙げるのは2本にしておきたい。
 「空白の色はなにいろか?」は、骨太な内容で場所(造船所跡地の「クリエイティブセンター大阪」)の力を100%生かした。あそこであれを見たということが大きなことだったので、来年1月のSTスポットでの再演(?)はどうなるのか、期待と不安が入りまじっている。「わが父、ジャコメッティ」は、日本の父というものの哀しさを感じさせてくれた。
 のちのち振り返って、あれが分水嶺だった、と言われるかもしれない年だった。私はと言えば、11月のある日、演劇評は自分の一生の仕事なのだ、とようやく悟った。こんなカネにならない仕事を、どうして自分のような貧乏人がしなくてはならないのかと思うが、どうやらそういう定めなので、仕方がない。
(年間観劇数 約60本) 

ラモーナ・ツァラヌ(能楽研究)

  • KAAT×地点「悪霊」
  • ロロ「朝日を抱きしめて トゥナイト」
  • ミクニヤナイハラプロジェクト「桜の園」

チラシ12 思い出に残るこの三本は、人を初心に帰らせるような性質を共通している。それぞれ特有の手法を用いて、新しい宇宙を創る。そこに立ち入りを許された観客は、ゼロからその宇宙の法則を学びながら、自分たちの「現在」を見直す機会を与えられていることに気付く。
 「悪霊」では文字通りに宇宙の元素となった登場人物は、イデオロギーと分派、そして対立と崇拝の物語を作り上げる。その物語と決して無関係ではない私たちは、根本的な問いを投げかけられ、それに自力で行動的に答えを出さなければ前に進めない立場にいる。
 ロロの舞台には何も恐れないような大胆さとヴァイタリティーがあり、この作品は「生きる」ことの喜びと切なさを短縮した形で見せてくれた。
 出演者の身体性や、言葉に宿る潜在的な力を最大限度に活かした「桜の園」は、現在を生きる私たちの意識を呼び起こす力強さがあった。
(年間観劇数55本)

中村優子(会社員)

  • 劇団子供鉅人「クルージング・アドベンチャー3」(大川:旧淀川)
  • フィリップ・ドゥクフレ カンパニーDCA 「PANORAMA ―パノラマ」(びわ湖ホール)
  • フランソワ・シェニョー&セシリア・ベンゴレア 「TWERK」(京都府立府民ホール“アルティ”)

チラシ13 個人的な話ですが、今春に関西に移りました。そのため私にとっての「今年の3本」としては、関西にいるのも悪くない、と思わせてくれた作品を選びました。東京から動いたことによって、東京以外での場所での舞台芸術を含めた文化を取り巻く環境を肌で感じることができました。また、関西と一口に言っても、都市ごとに強い独自性がありますので、都市間での違いも強く感じました。
 未来に対し、いつでも希望を失わないことの難しさを突き付けられた年になったように感じますが、素晴らしい作品との出会いには勇気づけられます。これからも自分の近くで、そのような作品に出会えることを望みます。
 選んだ3作品の他、Co.山田うん「春の祭典」「結婚」(スパイラルホール)や森川弘和「動物紳士」(シアターグリーン)も、私にとって今年の「記憶に残る」作品です。
@nakanakanakamu
(年間観劇数 約30本) 

野呂瑠美子(個人ブログ「季節のはざまで」)

  1. 二兎社「鷗外の怪談」
  2. 椿組「廃墟の鯨」
  3. 劇団昴「ラインの監視」

チラシ14 まず第一に印象深かったものとして、永井愛の二兎社「鷗外の怪談」が思い浮かぶ。舞台上に再現された観潮楼の鷗外の書斎は細部にまで神経の行き届いた丁寧な作りで、そこで繰り広げられる森家の家庭騒動と鷗外の右往左往ぶりが面白おかしく、千客万来の友人たちとの間で交わされる会話だけで「大逆事件」を浮かび上がらせた。彼らの悲憤慷慨から浮かび上がってくる為政者の弾圧ぶりと、人々の心情と世相が、100年を経た現代と重なることを痛感させられた。
 第二に、花園神社の境内に特設されたテント芝居、椿組「廃墟の鯨」(東憲司・作)がある。戦後の困窮した日本人を底辺から描き、パンパンと呼ばれた女たちの不幸、やくざの抗争、孤児たちのあり様、赤紙を配達していた男と受け取った側の妻との相克に、突如復員してきた人物などをからめて、俳優諸氏の熱演も相まって、見事なアンサンブルの群像劇であった。
 第三に、日本で初めて観るリリアン・ヘルマンの「ラインの監視」(劇団昴)をあげておく。この劇団特有のスローなセリフと動きにはちょっと違和感を覚えるが、映画「ジュリア」で描かれた旧大陸の理不尽を、クルトという反ナチ闘争の闘士を通して、新大陸のアメリカのブルジョワ家庭の中で描き、クルトと家族の別れを切々と描いて心を打った。
 また、映像ではあったが、「フランケンシュタイン」「コリオレイナス」「リア王」「ハムレット」「オセロ」など、NTLの一連の作品がエポック・メイキング的な驚きと感動を与えてくれたことを付記しておく。どの作品も甲乙つけがたく、それぞれに印象深いものであったが、中でも「オセロ」と「コリオレイナス」の素晴らしさは、その観劇体験が「至福」と言ってもいいくらいのものだった。
季節のはざまで
(年間観劇数 100本ぐらい) 

森山直人(演劇批評家、京都造形芸術大学教員)

  1. SPAC「ファウスト第一部」(ニコラス・シュテーマン演出)、4月、静岡芸術劇場
  2. ミクニヤナイハラプロジェクト「桜の園」(矢内原美邦作・演出)11月、にしすがも創造舎
  3. ヨーロッパ企画「ビルのゲーツ」(上田誠作・演出)8月、京都府立文化芸術会館

チラシ15 私自身が関係者である「KYOTO EXPERIMENT 2014」の演目はのぞいて選んだが、それも加えて考えれば、ルイス・ガレーのダンス公演「マネリエス」「メンタルアクティヴィティ」の2本は驚異的な水準だった。「ファウスト第1部」は、ドイツ演劇の正統的な底力を感じさせる作品としてはずせない。ヨーロッパ企画の「ビルのゲーツ」は予想以上の出来映え、「桜の園」は予想通りの水準、という感じだろうか。
 それ以外では、維新派「透視図」。演出的に全く疑問がなかったわけではないが、場所の選択が見事だった。F/Tで行われたシュリンゲンジーフの4本のドキュメンタリー映画上映会は、未来の演劇の姿を考えさせるという点で頗る刺激的。横浜トリエンナーレで展示されたやなぎみわの「舞台車」も、別の角度から舞台芸術の未来を考えさせられた。若手の作品では荒木優光「パブリックアドレス」が印象に残った。商業劇場の観客は、これからも減少を免れないだろう。
(年間観劇数 約80本) 

田中伸子(演劇ライター・海外プロモーター)

  • Doosan Art Center+東京デスロック+第12言語演劇スタジオ「가모메 カルメギ」
  • チェルフィッチュ「スーパープレミアムソフトWバニラリッチ」
  • 劇団東京乾電池「かもめ」

チラシ16 年の始め、東京乾電池による戯曲にストレートに向き合った「かもめ」を観て、その本質を見事に 顕した舞台に魅せられた。名作ながら舞台化において、なかなかその成果を得られないのがチェーホフ芝居。そのいらいらを晴らしてくれる好舞台に年の幸先を占ったものの、その後心を揺さぶられるほどの舞台に出会えず足取り重く劇場を後にする日々が続いた。年末に、同じ「かもめ(韓国語題で「カルメギ」)」―こちらは大胆に翻案したもの―で年間で最もアツい観劇体験をすることになるとは、なんとも不思議なめぐり合わせである。2013年に韓国で初演で、その年の演劇賞三部門を受賞した「カルメギ」。脚本(ソン・ギウン)、演出(多田淳之介)、日韓混合の俳優たちの好演、それぞれの要素が相乗効果をあげ、見事に実を結んでいた。5月にドイツで世界初演を迎えたチェルフィッチュの「スーパープレミアムソフトWバニラリッチ」はその唯一無二であること、さらにはクオリティーの高さにおいて一歩も二歩も先をいっている。
The Japan Times STAGE
(年間観劇数 242本)

夏目深雪(批評家・編集者、個人ブログ「幻燈機」)

  1. 「From the Sea」(ソ・ヒョンソク演出)
  2. 「Aniconic」(アイザック・イマニュエル演出・振付)
  3. 「わたしを離さないで」(蜷川幸雄演出)

チラシ17 今年は観劇数こそ減ってしまったが、いい作品には思ったより出会えた年であった。「From the Sea」は今までのツアーパフォーマンスのみならず、「演劇」という概念をひっくり返す快作。「わたしを離さないで」は蜷川演出らしさは満載なのだが、やはりカズオ・イシグロ原作。映画化作品の気取った冷たさとは真逆の、役者たちの体温とまるで花が開くような可変性。何度も追った、知っている話にもかかわらず、教室で畏れながら話す少女たちの「未来」を「可能性」を、あやうく信じかけている自分を発見し視界が曇った。「Aniconic」のみならず「Prepared for Film」(三野新演出・構成)、「1分の中の10年」(イム・ジエ構成・振付)など、ダンスに関してもジャンル自体を他のものと照らし合わせ、問い直すような作品に出会えたことは収穫であった。他には「アルトナの幽閉者」(上村聡史演出)、鵺的「昭和十一年五月十八日の犯罪」、朗読劇「8 -エイト-」(西尾佳織演出)などが印象に残った。
幻燈機
(年間観劇数 32本) 

日夏ユタカ(ライター・競馬予想職人)

  • きたまり+Offsite Dance Project「RE/PLAY(DANCE Edit.)」(多田淳之介演出)
  • 東京芸術劇場「小指の思い出」(藤田貴大演出)

チラシ18 編集部からいただいたお題は「記憶に残る3本」であって、けっして「ベスト3」を選べといわれているわけではないのだが、悩んだ末、結果的にマイベストの2本を挙げることにした。2014年の特徴や新しい潮流などは提示できず、単なる個人の趣味嗜好の表明感があるのは残念ではあるが、一方でどちらも、作品のなかにまさに“いま”が凝縮されていたことは強調しておこう。
 「RE/PLAY」は、東京デスロック「再/生」のダンス・バージョン。震災直後に生まれた作品と“いま”のじぶんとの距離感も興味深かったが、なにより、演出家を置くことでダンスがより魅力的に観客に届くことになる、という可能性の提示は刺激的だった。
「小指の思い出」は、野田秀樹の28歳時の代表作を、29歳の藤田貴大が演出するという趣向。結果は予想以上で、溢れかえる野田戯曲の瑞々しさを“いま”にみごとに蘇らせていて、五感すべてを震わす美しさだった。
 残る1本は、結局選べず。候補となった作品の名前だけ記しておきたい。トヨタ コレオグラフィー アワード2014/捩子ぴじん「no title」、東京ELECTROCKSTAIRS「ホシカッタスイロ」、東葛スポーツ「クラッシュ」、 ロロ「朝日を抱きしめてトゥナイト」、飴屋法水「教室」、岩渕貞太「conditions」、マームとジプシー「Rと無重力のうねりで」、篠田千明「機劇~「記述」された物から出来事をおこす~」、にれゆり「新座キャンパスで、かもめ。」。
(年間観劇数 24本以上) 

中垣みゆき(無職)

  1. 国立文楽劇場「通し狂言菅原伝授手習鑑」
  2. 金氏徹平展「レクチャーのオバケ」
  3. ARICA「しあわせな日々」

チラシ19 国宝・七代 竹本住大夫の引退公演、これは無条件に入れておきたい。
 京都エクスペリメントにおいて金氏徹平の展示が行われたが、その関連企画として4つのパフォーマンスが上演された、そのうちの1つ。演者・青柳いづみが、山田晋平の「俵屋宗達」についてのレクチャーをそっくりトレースしてみせる。その合間々々に金氏の設計図(指示)に基づいて既製品を積み上げ〈金氏〉作品を作り上げる。(これは最終的に白い樹脂をかけて完成するまで青柳がやった。)
 さて、このレクチャーは元は山田のものである。そして、作品は青柳が組み上げているが、金氏のオリジナルといえるのかどうか? 美術家自身が、オリジナルの価値とは? 境界線は何処か? を見事に暴き出した。初の演劇作品であるとは思えないほどの完成度。芝居だけやっている者の立つ瀬がないと思った。
 最後は、去年あいちトリエンナーレで評判の良かった作品の京都での再演。倉石信乃の意(異?)訳が巧みであった。 

楢原 拓(劇団チャリT企画主宰・劇作家・演出家・俳優)

  • ろりえ「ろりえの鬼」
  • オクムラ宅「さくらんぼ畑 四幕の喜劇(桜の園)」
  • ナイロン100℃「社長吸血記」

チラシ20 ろりえは元々好きな劇団ですが、本作は笑いの中にも切なさがあって、特に良かった作品。オクムラ宅は、ものすごい長時間の上演でしたが、チェーホフの「桜の園」をメチャクチャにしていて楽しく観られました。ナイロンは、名人芸ともいうべきベテラン陣のクダラナイ掛け合いが久々に観られて、とても満足しました。今年はあまり観られませんでしたが、観劇ファイルを眺めながら強く印象に残った作品を挙げました。
(年間観劇数 45本)

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【注】
・記憶に残る3本は「団体(個人)「演目」」を基本とし、劇作家、会場、上演日時などを追加した場合もあります。
・演目名は「」でくくりました。
・ブログやツイッターのアカウント情報などはコメント末尾に記しました。

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