東京芸術劇場「マシーン日記」

09. マシーン≪になる前に書いた≫日記(でんない いっこう)

 「さあ、言って。 何をすればいいの?」「あなたの過去を知っている人達を みんな消してしまえばいいのね?」大きな火焔砲を持ち マシーンになった女教師はツカツカと歩いて進んでいく。 そして町中に次々と炎が立ち上がる。
 ここで初めて『 恐い 』と思った。あっ、もしかして もしかして これ わたし達の事? 今、あなたはそうなっていませんか。この国の大人達よ。 言われた通りにしか行動出来なくなっているのじゃあないか? 思考を停止し、ただ目先の事を短絡的に 思い込み、疑問を持たずに決めていないか。 大丈夫ですか? と聞かれているような気がしました。 面白可笑しくゲラゲラ笑ったりしてて ひんやりと冷たい氷が胸に落ちたような。

 12年ぶりの再演とのことである。
 ちらしが美しくてじいっと眺めている間が長かった。が、題名を見てギクギク、ガクガクと動くものを想像して、あまり見たいとは思わなかった。

 が、不思議な物語だった。
 ギィヤアギィヤア叫び 機械の部品を作る工場を経営している兄、アキトシ(オクイシュージ)とおどおどして恐怖だけの兄の妻、サチコ(鈴木 杏)と なぜか鎖に繋がれて暮らす弟、ミチオ(少路勇介)。そこへ その妻の中学時代の体育の教師だった女性、ケイコ(峯村リエ)が働きたいと入ってくる。設定になかなか納得がいかず、あんなに大声で命令的で兄は工場を経営する能力があるのだろうか。それでも父から譲り受けたのなら多少の年月は続けていけるだろう。弟はなぜ鎖を切って逃げようとしないのだろうか。まあ一応は兄に対して抵抗しているように見えるから、スキを窺がって準備しているのかもしれない。兄の妻は何を恐れてオドオドして服従しているように見せているのだろう。女性は何かの資格が無いと自立する気が薄いのだろうか。

 サチコは工場の作業員だったがミチオとはお互いに好意を抱いていたので、ある時関係を持った。それを兄アキトシに見つかり [弟に強姦された女性] だから 責任を取って結婚をした。と 兄だけが認識している。そういう三人の関係。

 兄アキトシは飛べない人間。歩いて進む人間が飛ぼうとする時、夢想の中で生きているだけ。知力が使えない。鳥人間になる!番組でそのままどぼんと海に落ちた兄。司会者を逆恨みして刺そうとし、父親に一年半も鎖に繋がれた。弟ミチオはそれを見ている。
 同じ事を兄は弟にした事になる。父から兄へ 兄から弟に。連鎖。
 【弟】は世の中に ああ存在していると思わせる。鎖は現実逃避で 内心安心している人間。引きこもり風で電気器具のオタクになっている。秘かにそこを抜けだし、外界へ出ることを夢見ている、計画も立てている。その時が来たら本当に鎖を切ると。

 このミチオの部屋の内部の混雑さは、じっくりからくりを見てみたい程 乱雑で面白い(美術・池田ともゆき)。長年閉じ込められている間に そこかしこに秘密がある。
 カーテンレールから町内図が下りる。床穴から盗聴の受信箱が飛び出してくる。本棚には漫画週刊誌やお菓子の袋。そして梯子が横に付いている。机の上の工具の種類。飽きない。

 少路勇介は鎖に繋がれた割には オリの中の猿のように身軽に動き回り、飛び跳ねる。懐かしい同世代の歌をうたうので一緒に口ずさんでしまう。駄洒落を言う。時々古いなあと思うのだが、ついつい笑ってしまう。ロックで踊り出すとリズム感の良い動き。すばやい反射能力の身体。鎖に繋がれているということを私達観客も忘れてしまう程で達者な役者だなあと思った。声の響きもいい。

 ミチオの部屋の裏側は一つには工場内の作業所である。もう一つがいわゆる外、道路側。この場面転換が実に巧みで見とれてしまう。単純な回り舞台と、左右の出入口。
そして意外な弟のプレハブへの出入口。またまたおもしろい窓からの出入りも有る。
(ガラス窓がはずれてしまって、直せなかったのも、演出のひとつみたいだった)
 転換をすばやくしているのが映像(上田大樹)。初回の時から映像が使用されていたのかわからないが、違和感なく変換しスピードがあって効果的である。その力はとても大きいと思う。
 特に工場内の作業を表すべルトの動きや組み立ての様子などを音響(藤田赤目)と共に息がぴったり合っている。

 何か変だなあと思いつつも、女教師ケイコが突然に間に入ってくると、様相がだんだんと変化してくる。妻と弟と教師の三人の関係に重点が置かれてゆく。

 ケイコはクラスの中のイジメラレ男、一番のクズという男(生徒であった)と結婚していた。そして別れていた。もう一人のイジメラレ女(サチコ)の所へ来て 働くと言う。サチコは聞く。「偶然ですか?何のためにここに来たんですか。偶然ですよね!」真意が計れないイジメラレ女。ところが、あろう事か、ケイコは「どうしようもない男ね」と言いながら心引かれ 弟と強引に結ばれていく。彼女には{4㎝の虫}という引け目があつたのだ。だから、自分と同じような 引け目 と思われるものを持っている“クズ”となら同等でいられるとしたのだろうか。
だがケイコは弟の子を身ごもってしまう。

 峯村リエは片桐はいりを意識しすぎて 髪型や顔の化粧、口調を似せよう 似せようとしている。演出家(松尾スズキ)自身が片桐はいりのイメ―ジから脱し切れないでいるのだとしたら、峯村が成り切ろうとしているのさえ 可哀想に思える。しかし しかし あの過酷な動き、マシーンダンスはとてもうまかった。良く頑張って演じているなあと感心してしまう。

 サチコは 今度は教師にいじめを受ける形になってしまった。「私、いじめられることから救ってくれた先生に感謝していたわ。毎日毎日放課後にへとへとになるまで走らされていたのはバカバカしかったけど。 けれど、想い出したの。私、先生が大嫌いだった。」 そうだろう。いじめの根本の解決を試みようともせず、ただ、その場を離れさせるだけの対処療法で、思考力を麻痺させ、自由をうばい、それが〔愛〕などと感じさせはしないだろう。

 鈴木 杏はラップのような身体の動きを見せる時、一生懸命さというより、それを超えた喜劇性を滲み出させ、4人の中で一番人間らしい感情を持っている人物として、この役はぴったりで気にいって嵌まり込んでいるようだった。≪ムサシ≫の時より≪るつぼ≫の時より 激しい気性を本性のままにセクシアルに表現する役柄がとても似合っていると思わせる。

 二人で逃げようとミチオとサチコは鎖を切ろうとする。間違ってミチオの膝から切り落としてしまう。池の中に投げ込んだ筈の兄が変に痛がらず戻ってきて、二人を見る。男の力でサチコは 絞め殺されてしまう。

 ここも 『 怖い 』と思う。
 4人の中では 唯一 狂っていないサチコ。 狂った人達はしぶとく生き残り、少数派の人間の無力さ。簡単に喪失してしまう 生。それも 狂った人達によって奪われる 生。マシーンと化した人間こそが 無傷で 大量に 図太く 生存していける。
なかなか 不気味な物語である。
(3月19日19:00 の回 観劇)

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