劇評を書くセミナー KYOTO EXPERIMENT 2014編 報告と課題劇評

2 「KYOTO EXPERIMENT 2014」3本のレビュー(武藤祐二)

(1)金氏徹平、横山裕一ほか「ライブペインティング『トレースのヨーカイ』」
◎木に竹を接ぐ。創造的誤解の連鎖

 “木に竹を接ぐ”という言葉がある。性質の違う物をつなぎ合わせること、転じて、物事がチグハグで前後関係や筋道が通らないことのたとえ。金氏徹平は、日用品や安物の玩具の部品などのガジェット同士の接合を主たる作風としており、文字どおり木に竹を接ぐ趣を呈している。
 ただし、金氏のそれは、同じく脈絡のない物体どうしを組み合わせるシュールレアリズムのデペイズマンとは明らかに違う。デペイズマンは組み合わされた物体それぞれを異化し、観者にイメージの不意打ちを食らわせるのに対し、金氏の作品は双方の物体を同化させ、あるいはその物の用途や意味を無化する。

 ライブペインティング「トレースのヨーカイ」は、金氏の作品群を舞台装置に、4人の造形作家が琳派の創始者俵屋宗達の代表作「風神雷神図屏風」をそれぞれ解釈してトレースするというパフォーマンス。金氏のほか、横山裕一、板垣賢司、森千裕が、屏風状の透明なアクリル板の向こうに風神雷神図屏風の原寸大レプリカを見透かしながら、観衆の目の前でトレースを画いて見せた。

 琳派は、直接師弟関係を結んで系譜となった狩野派とは対照的に、時代を隔てつつも作品をリスペクトすることにより引き継がれてきた。ある意味、木に竹を接ぐがごとく、断続してきたものだ。日本絵画史においては、江戸琳派以降、明治に入ってからも、速水御舟、山本丘人、加山又造など日本画家が私淑して連なり、また、永井一正、田中一光などのグラフィックデザインにもその感性が受け継がれるなど、琳派は現代にもアクチュアルな影響を及ぼしている。
 今回、4人の現代アート作家が「風神雷神図屏風」に接ぎ木を試みたという趣向だ。金氏と板垣、森が、わりとオーソドックスにトレースしたのに対し、横山は自身の良く使うキャラクターに大胆に引き付けて変奏した。レイヤーを成しつつも同化する宗達のレプリカと4人のアクリル板上のトレース。おまけに、その様子を写真家の梅佳代がさかんにカメラに収めていたのだが、梅自身もアクリル板越しにさながらトレースの中の人物となっていた。

 そもそも美術史は、木に竹を接いできた歴史であるともいえる。それも誤解による接ぎ木だ。例えば、セザンヌの「円筒形と球形と円錐形」をピカソが誤解しキュビスムが生まれた。カンディンスキーの場合は自分の作品を誤解し純粋抽象絵画に至り、関根伸夫の「位相―大地」を李禹煥が誤解し「もの派」が誕生した。先人の作品の企図を創造的に誤解して、それを受け継ぐ。いわば誤解の連鎖である。ライブペインティング「トレースのヨーカイ」は、そうした誤解の美術史を踏まえた、いわば木と竹の溶解と解すべきだろう。
(2014年10月4日)

【記録】
琳派400年記念祭事業 金氏徹平「四角い液体、メタリックなメモリー
京都芸術センター ギャラリー北・南(10月 4日 – 11月 3日)

ライブペインティング「トレースのヨーカイ」
出演
板垣賢司(美術家)+ 森千裕(美術家)+ 横山裕一(マンガ家/美術家)+金氏徹平

日時
10月 4日 – 11月 3日10:00-20:00

会場
京都芸術センター ギャラリー南

展示照明 高田政義(RYU)
協力 透明堂
主催 KYOTO EXPERIMENT

料金 無料

 

(2)ルイス・ガレー「メンタルアクティヴィティ」
◎物体と関わる身振り。テクスト化する身体

 「マネリエス」で洗練されたミニマムな身体表現を追求したルイス・ガレー。今回、「メンタルアクティヴィティ」では一転、粗暴なまでに生々しい舞台を提示した。

 暗い会場に入ると、ちょうど観客の目の高さからのライトに照らされて、舞台だけが浮かび上がっている。墨があちこち塗りたくられ、水もまき散らされており、それらが導線となって何かが起こりそうな不穏な予兆が漂う。
 すると突然、周囲の暗闇から舞台に投げ込まれる、ネックレスひとつ。それを合図に、ペットボトル、ボール、長靴、ハイヒール、自転車のサドル、土管、タイヤ、レンガ、岩、発泡スチロール、丸太等々、ありとあらゆる大量のガラクタが次々に投げ込まれる。たちまち舞台一面ガラクタで埋め尽くされ、足の踏み場もないゴミ捨て場と化す。こんな場所でダンサーは本当に踊れるのかと訝しく思えるほどだ。

 4人のダンサーが静かに登場する。一呼吸あって、1人のダンサーがガラクタの中を走り抜ける。次は2人が肩を組んで、さらには3人が肩を組んで、その次は4人全員が肩を組んで倒れ込むように疾走する。怪我もせんばかりに、ガラクタの中を駆け抜ける。
 次に、女性ダンサーが手を使わず、頭を付けて丸太を押し動かす。そしてゆっくり丸太を立てる。そのあと、4人がそれぞれ、手当り次第にガラクタと戯れる。石を持ち上げ、レンガを投げ上げ、綱で縛ったコンクリートブロックを振り回し、土嚢を口でくわえ上げる。ブリキ缶をなめ、フェルトペンで腕に線を引く。綱を引き合う、長い木の枝の両端をふたりのダンサーが双方の頬だけで落ちないように支え合いながら静かに移動する等々、雑多でプリミティブな行為を繰り広げる。音楽は最初かすかな地響きのようなサウンドが徐々に大きくなるという単純なもの。そのことがかえって、観者をダンサーの動作だけに集中をさせている。

 素手のときのダンサーの身振りは言語以前のイメージにとどまる。それに対し、ピナ・バウシュのタンツテアターにしばしば見られるが、物体と関わって踊る身体はある種のテクスト性を帯びる。物質と身体が織りなす交点に意味が立ち上がる。ガレーは「精神の働きは極めて物質的」と語る。題名の「メンタルアクティヴィティ」を訳せば「精神活動」だ。ガラクタとダンサーがあたかも交信しているかのようにも、ガラクタを浄化する儀式とも解釈可能であり、肉体、精神、物質が三つ巴となって荒々しい相克の表情を見せる。それは取りも直さず人間の原初的な裸形の営みそのものであり、ガレーはそれを突き刺さんばかりに我々の眼前に投げ込んだのだ。
(2014年10月11日観劇)

【上演記録】
ルイス・ガレー「メンタル・アクティビティ
京都芸術センター講堂(2014年10月9日‐11日)

演出 ルイス・ガレー

出演 イヴァン・ハイダー、マルシア・レティシア・ラメラ・アド、フロレンシア・べシーノ、ブルーノ・ディアス・モレノ

制作協力 ディエゴ・ビアンチ、ルシアーノ・アッチゴッティ、ヴァニナ・スコラヴィーノ
照明 エドアルド・マッジオーロ
アーカイブ テディー・ウィリアムス
制作助手 ジュリアン・ソーター

共同製作FIBA, the International Festival of Buenos Aires, Nerinium Foundation, Basel, Switzerland and CHELA
助成the International Art Show SESC, Sao Paulo Br.Con Prodanza support
主催KYOTO EXPERIMENT

チケット料金
一般 前売 ¥2,500/当日 ¥3,000
ユース・学生 前売 ¥2,000/当日 ¥2,500
シニア 前売 ¥2,000/当日 ¥2,500
高校生以下 前売 ¥1,000/当日 ¥1,000
ペア ¥4,000(前売のみ)

 

(3)悪魔のしるし「わが父、ジャコメッティ」
◎虚と実のトポロジー

 劇場に入ると、既に3人の俳優がなにやら雑談している。観客がまだ入場中の場内はざわついているので、耳をそばだててもその小声は何を話しているのかはっきりと聞き取れない。だが、それはオーケストラの音合わせのような、期待感で胸が膨らむ時間でもある。じきに観客が全員着席し静まってくると、舞台上の柱時計が開演の午後8時を告げる。その瞬間、我々は現実の時間から演劇の時間へとするりと滑り込んだ。

 この導入部は、この劇が現実と地続きであることを暗示している。しかも舞台上では、3人の俳優がそれぞれ、登場人物と自分自身を同時に演じるという入れ子構造が展開される。主宰の危口統之は矢内原伊作を演じると同時に演劇人である自分自身も演じる。木口敬三はアルベルト・ジャコメッティを演じると同時に画家である自分自身も演じる。大谷ひかるはジャコメッティの妻を演じると同時にミュージカルの研究生である自分自身も演じる。おまけに、木口敬三と危口統之とは現実の親子でもある。
 劇のストーリーもジャコメッティと矢内原の筋立てと、現実の画家である父親と演劇人である息子の物語が交錯する。その上、舞台の造り込みとしても、ジャコメッティでもある木口敬三が油絵を画くと、その手元が舞台のスクリーンに映写されたり、俳優の台詞が同時に字幕としてスクリーンに映し出されたりする。それも、日本語と英語、日本語とフランス語が交互に投影される。

 このように虚実の二重構造が折り重なり錯綜すると、そもそも3人の俳優がセリフをしゃべっているのか、それとも単に自分自身として語っているだけなのか、見る方も混乱してくる。そうした本人性の揺らぎが危口のねらいなのだ。
 しかも、今回の演目はもし木口敬三が亡くなれば、このシナリオでの再演は厳密には不可能となる。そうした一回性もこの演劇の構造をさらに捻じれさせている。生身の俳優が一回性を生きながら、テクストという虚構を演じているわけだ。その両面がまるでメビウスの輪のように入れ替わりながら、しかも切れ間なく連続する舞台となっている。

 悪魔のしるしという劇団そのものが演劇の分野の人材だけでなく、建築やファッションなど様々な分野にわたる専門家の集団である。彼らの代表作「搬入プロジェクト」は、何の役にも立たない巨大な物体を、入るか入らないかぎりぎりの入口から建物の中に運び込むイベントだ。模型で入念に何度も確認した後、観客がお祭り騒ぎさながら見守る中、搬入だけを目的とする行為である。いうなれば、この搬入自体が“虚構の物体”を“現実という建物”の中に、はみ出さないスレスレで押し込むという隠喩になっている。
 60年代後半から70年代初期のアングラ演劇において多用された構造、ラストシーンで一気に舞台と外界を地続きにする屋台崩しに対比すれば、「わが父、ジャコメッティ」は開幕冒頭から最後までずっとテントが開きっ放しになっている芝居だといえる。
(2014年10月16日観劇)

【上演記録】
悪魔のしるし「わが父、ジャコメッティ
京都芸術センター 講堂(10月16日‐19日)

作・演出 危口統之
原案 「ジャコメッティ」「完本 ジャコメッティ手帖」 矢内原伊作 / みすず書房

出演 木口敬三、木口統之、大谷ひかる

映像 荒木悠
音楽 阿部海太郎
照明 大島真(KAAT神奈川芸術劇場)
字幕操作 木口啓子
舞台監督 佐藤恵
グラフィックデザイン 宮村ヤスヲ
企画 悪魔のしるし、KAAT神奈川芸術劇場
制作 悪魔のしるし、岡村滝尾(オカムラ&カンパニー)、澤藤歩(KAAT神奈川芸術劇場)

製作 悪魔のしるし
共同製作 KYOTO EXPERIMENT、KAAT神奈川芸術劇場助成公益財団法人セゾン文化財団、公益財団法人アサヒグループ芸術文化財団
主催 KYOTO EXPERIMENT

チケット料金
一般 前売 ¥2,500/当日 ¥3,000
ユース・学生 前売 ¥2,000/当日 ¥2,500
シニア 前売 ¥2,000/当日 ¥2,500
高校生以下 前売 ¥1,000/当日 ¥1,000
ペア ¥4,000(前売のみ)
※ユースは25歳以下、シニアは65歳以上
※全席自由

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