劇評を書くセミナー KYOTO EXPERIMENT 2014編 報告と課題劇評

5 京都銭湯芸術祭2014 加茂温泉
◎わが街、京都(中村直樹)

 10月18日の夜、僕は彷徨っていた。
「ああ、何をしているのだろう。」
時計の針は20時を指している。知らない土地を電池の切れそうなスマホで地図を確認しながら彷徨っていた。
「どこにあるんだよ」
ここは京都の北大路。銭湯に入りにやってきた。わざわざ東京からやってきた。

 京都で行われた国際演劇祭、KYOTO EXPERIMENT2014。その中のフリンジ企画の一つに『京都銭湯芸術祭2014』というものがあった。京都銭湯芸術祭とは、アートを手段として銭湯の魅力を再発見しようという試みである。その試みは9月27日から10月26日の一ヶ月間、8箇所の銭湯と2箇所のイベントスペースで行われた。
「大阪まで出てくるなら、京都まで足を伸ばしましょうよ。大阪から京都までは近いんですよ」
大阪に行くことを小泉うめさんに言うと、このようなことを言われた。大阪から京都まではそんなに近いのかと驚いて調べてみたら、あらま本当に近いのだ。新宿から横浜ぐらいの時間じゃないか。でも、大阪の用事が何時に終わるか分からない。なので芝居は観られそうではない。コンセプトが面白そうな京都銭湯芸術祭は時間の制約はなさそうだから、これなら大丈夫か。これならばと京都銭湯芸術祭に参加することにしてみた。

 大阪の梅田駅から京都駅へ。そして京都駅から北大路駅へ。北大路駅の出口から地上に出ると、そこは住宅街だった。8時を過ぎたばかりだというのに明かりもあまり灯っていない。高い建物もあまりない。そのため空はどこまでも高く、そしてどこまでも黒かった。
そんな暗い世界を闇雲に歩いてゆく。ほとんど人も歩いていない。建物からもあまり明かりが漏れていない。建物もなんか黒っぽい。なんだか白黒の世界に迷い込んでしまったような感覚にふと陥ってしまう。
「今、どこを歩いているのだろう」

 なんとなく丸い十字路をいくつ越えたかわからない。スマホを取り出して、目的地はどこかを再確認。
「ああ、何をしているのだろう。」
時計の針は20時30分を指している。知らない土地を電池の切れそうなスマホの地図を頼りに彷徨っている。
「どこにあるんだよ」
心細さと苛つきから、ついつい暴言が漏れだしてくる。
「もう帰ろうか?」
ふとそんなことを思ってしまう。
「いやいや、ここまできたのだから」
そしてこう思い直す。この葛藤をひたすら繰り返しながら歩いてゆく。

 もうしばらく歩いていると、煌々ととライトがついている茶色い建物にたどり着いた。そのライトの下に車がたくさん停まっている。
「やっと着いたぞ」
そこは加茂温泉、目的地である。京都銭湯芸術祭の会場の一つにようやくたどり着いた。

 暖簾をくぐり、靴を靴箱に入れて木札の鍵を取る。番台にはおばさんが座り、待合室には小さな嬢ちゃんが遊んでいる。
「あの、ここで映像を流していると聞いたのですけれど」
「ただいま上映中ですね」
「何時から?」
「20時からです」
「残りは何分ぐらい?」
「15分ぐらい」
「次の回は何時からですか?」
「25時からです」
25時では深夜バスで帰る時間を越えている。しょうがないなぁ、ここまで来たのだから、15分だけでもいいから観ていくかと銭湯の中に入って行った。

 男湯の暖簾をくぐり、脱衣所に入る。そこには長椅子が置かれており、坊ちゃんたちが座っている。スクリーンが、男湯の脱衣所と女湯の脱衣所の間の壁を跨ぐように天井から吊り下がっている。坊ちゃん達はそのスクリーンに映し出されるものを食い入るように観ていた。奥にはソファーが置いてあり、風呂上がりのおじさんがくつろいでいる。風呂場に顔を向けると、湯船からスクリーンに流れる映像を眺めているおにいさんたちと何も気にせず頭を洗っているおじいさん。京都の日常にスクリーンという異物が介在することで浴客たちにいろんな変化が起きていた。それらを東京からやってきた旅客が眺めているのだ。なんて面白いのだろう、このシチュエーションは。

 僕は脱衣所に腰を降ろし、スクリーンを見上げた。そこには銭湯にまつわる物語が映し出されていた。年老いたギターリストが銭湯に入ると若返っていき、銭湯を後にする頃には若者に。飛び入りで参加したライブでギターをかき鳴らしてメジャーデビューしていた。その銭湯にはいろんな人々がやってくる。おばさんたちが銭湯から出てくると小学生に。おばさんだった小学生たちは、外でゲームをして遊んでいる本当の小学生たちと一緒になってだるまさんがころんだを遊びだす。その中の一人が銭湯に力を与える薬を売る男を見かける。小学生たちは男を追いかけるが、日が暮れて帰っていく。

 ああ、なんだろう。目の前にいる坊ちゃんは本当に坊ちゃんなのだろうか。風呂場にいるおにいさんはおにいさんなのだろうか。映像の中のように若返ったおじいさんなのかもしれない。虚構と現実の境界が銭湯の温かさによって崩れ去っていった。そして僕と京都の街の境界も崩れ去っていった。なにも境界のない世界。なんという一体感。それがなんとも心地よいのだ。ただ銭湯に入るだけでも、ただ同じものを観ているだけでも、ここまでの一体感はおそらく得られまい。

 いままでいろんなツアー型演劇を体験してきた。それらは街の知られざる面を暴き出すものだったり、街自体が発する物語に入り込むものであったり。しかしあくまで体験者は対象の街を外から覗き込む構造となっている。街と体験者の間には境界が用意されているのである。今回の京都銭湯芸術祭はさらにもう一歩踏み込ませ、体験者を街の一部にしてしまったのだ。その結果、街というものを今まで以上に感じるものとなっていた。あくまでこの演劇祭のコンセプトはアートを用いての新たな銭湯の魅力の提示である。おそらく銭湯を通して京都の魅力を発信しようという意識はそんなにないだろう。東京からわざわざ京都の銭湯に入りに行こうという酔狂な僕にはツアー型演劇となっていたのにすぎないのだ。

 上映が終わり、奥の方から髭面の男が現れ、映像を投影していたパソコンを片付けている。その周りを坊ちゃん達、どこから入ってきたのか嬢ちゃん達が取り囲んでいる。そして親しげに話しかけている。この男が映像を作った森本 J. 遊矢のようだ。彼もまた銭湯の中に溶け込んでいた。僕はそれを見届けて銭湯を後にした。

 10月18日の夜、僕は歩いていた。
「星空が綺麗だなぁ」
時計の針は21時を指している。空を見上げながら知っているわが街を歩いている。「時間があったら入ったのになぁ。そしたら若返ってたかなぁ」
ここは京都の北大路。結局銭湯に入らず出てきてしまった。これから東京に帰って行く。
(2014年11月18日入湯)

【上演記録】
フリンジ企画オープンエントリー作品「京都銭湯芸術祭二〇一四
京都市北区・上京区にある銭湯8店舗 北区 紫野温泉・門前湯・大徳寺温泉・加茂温泉・若葉湯、上京区 龍宮温泉・京極湯・長者湯(2014年9月27日‐10月26日)

アーティスト
加茂温泉 森本 J. 遊矢(映像作家)
若葉湯 きいろいいえ(インスタレーション)
大徳寺温泉 小松 綾(インスタレーション)日下 典子(ペインター)
紫野温泉 日下 典子(ペインター)
門前湯 香坂 リサ(アーティスト)
京極湯 吉田 雷太(ペインター)
長者湯 後藤雅樹 × 本田陽一郎(彫刻家)
龍宮温泉 福田ちびがっつ翔太(インスタレーション、パフォーマー、B-BOY、ちびがっつ)

主催 京都銭湯芸術祭実行委員会
協力 京都府公衆浴場業生活衛生同業組合
協賛 株式会社ディーエイチシー
後援 京都市、平成26年度 京都市「学まちコラボ事業(大学地域連携創造・支援事業)」奨励事業、平成26年度 京都府「地域力再生プロジェクト支援事業」申請中

料金 各銭湯 大人430円、小学生150円、小学生未満60円

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