アトリエセンティオの8年

“必ずトーク” が特徴に

−2006年4月に契約して活動開始、SENTIVAL!は6年続けてきました。これは「常設の稽古場」、いわゆる「自分たちの劇団の拠点」というだけでは収まり切れない何か、ともに作って行こうという志向があったということですね。

山田 いや、そんなに仰々しいものではなかった気がしますね。「なんか、やるか」って感じです(笑)。

鳴海 お互いの出会いがBeSeTo演劇祭だったということもあって、山田さんはTOKYOSCAPE(注)のような集団企画に参加して京都へ行って上演していた。私は鈴木(忠志)さんの活動を近くで見ていた経緯があり、新しい仲間のアーティストも増えて、じゃあ、みんなで何かお祭りをやってみようという感じだった。あまり大きな階段を上った気はしなくて、すごく身近なひとつのステップでした。

(注)TOKYOSCAPE:2006年7月〜8月の約2週間、東京の若手6カンパニーが、京都のアトリエ劇研を中心に市内4会場で同時多発公演を行ったフェスティバル。ワークショップやシンポジウムを含め、評価の高かった作品の関西上演は話題になった。
・高野しのぶ「TOKYOSCAPEで、KYOTOトリップ!− 東京6劇団による同時多発公演 in 京都

山田 そうねえ、SENTIVAL!は終わってみるとあっという間でしたけど、もう、ほんとにたくさんの人が来てくれた。いろんなところからいろんな人がよく来たなあ。ほんとに驚きます。鳴海さんは、SENTIVAL!のすべての演目で技術的なサポートもされていたので、全部のカンパニーと出会っていて、大変だったと思ってました。その経験が血となり肉となり、骨となってると思います、たぶん(笑)。

鳴海 なってますね、それは、かなり(笑)。

山田 私はたまに行ってトークをやるくらいだったけど(笑)。

−技術的なサポートというと…。

鳴海 小屋番です(笑)。アトリエは線路の脇にありますけど、住宅街の中でもありますから、近隣のみなさんとの関係、音量とか、照明や音響など劇場の中のテクニカルな問題、身近な例だと電球が切れた、照明がつかない、土を何トン入れたら床が抜けるのかとか(笑)、水をどのくらいなら使っても大丈夫かとか、アーティスト側の要望とアトリエの能力や周囲とのコンセンサスを取るとか、そういう現場の監督としての実務です。

−2008年からはいくつかの劇団は常連のように毎回参加していますが、あれは阿吽の呼吸で決まるんですか? それとも二人が協議するのですか。

山田 基本的には阿吽の呼吸ですね(笑)。なんとなく連絡を取って、という感じでした。

鳴海 もちろん、山田さんや私のところに、SENTIVAL!でやりたいと言ってきてくださる方もいらっしゃいました。特に関東外の方が多かったですね。

山田 SENTIVAL!の果たした役割って、何だったんだろう、いまいちよく分かってない(笑)。そんなこと、あんまり考えてなかったもんな(笑)。

鳴海 SENTIVAL!の当初から、各公演期間内で必ず一度はトークをやるっていうのは決めて、守ってきましたね。

山田 ああ、そうだね。

鳴海 最後の開催になってしまった2013年は私が日本にいなかったので、私はできなかったんですが、それまでは必ず私がMCをして、各公演でトークをやりました。

山田 そういう意味では、世界一トークをやってる演出家かもしれない(笑)。いや、絶対そうだよ、普通は1年間に何十回もやらないよ(笑)。トークの記憶はすごくあるなあ。

−自分たちの公演じゃないのに、SENTIVAL!のあらゆる公演に二人が入れ代わり立ち代わり出てきて話す。それがSENTIVAL!でしたね。

山田 そう、それが魅力でしたね。

鳴海 地域のカンパニーがフェスティバルに参加して、作品を上演して終わりじゃなくて、狭くて顔が見える距離だからこそ、お客さんと言葉を交わしたり、情報を交換する機会を必ず持ちたいと思ってトークをやることにしました。山田さんのユニークポイントと私の第七劇場も作品の性質は全然違っていて、だからこそうまく続けられたんだと思うんですけど(笑)、SENTIVAL!も同じで、いろんな作風の作品に触れて、それを山田さんも私もトークで言葉にしてきたことは重要でした。創作のポリシーと合う合わないは別にして、自分にとっていいと思うところ、わからないところとかを、その場その場で言葉にするという、ある意味修行に近い(笑)。それは私たちにとってはとても価値があったと思います。

山田 鍛えられたね。

鳴海 たとえ自分は刺激的な発見ができなかったとしても、お客さんの中には面白いと思う人はいるかもしれない。事実いるでしょう。その作品を、さまざまな印象を抱いたそれぞれのお客さんとアーティストの間でお互いにもっと熟成させるためには、時間も必要だけど、言葉がシンプルで有効なツールです。だから、トークをやり続けたことで、私たちの中でも視界が広がったり、違うセンスの光の当て方ができたりして、刺激は多々ありました。単純に「やってもらう」というような、場所を提供するフェスティバルでは全くなかったです。上演するアーティスト側にとってもトークは負担だった場合もあると思いますし、私たちにとっても大変だった面もありました。お客さんにとっても何でこんな話を聞かなくちゃいけないんだっていう人もいただろうし、ある部分では、誰も全く楽できない、安全な場所にいられないフェスティバルだったのではないでしょうか。今振り返ってみて、それはとても大事なことなんだと思います。何かを変えたり手に入れるためには、努力したり、苦労したり、やはり相応の時間と労力と体力が必要です。そのためのフェスティバルではなかったのですけど、メリットとしては、それがとても大きかった気がします。

−単純にお金に換算できるだけのサービスとして考えるなら、お金を支払ったお客さん側は「楽しませてくれよ」で終わりです。しかし双方で「何か作ろうぜ」が前提だと、どこかで出会いますよね。そういう出会いが確かに必要です。芝居を見て言葉にすることは、ただ「楽しい」「良かった」だけではすまないわけで、「面白くない」、ときには「腹が立ってむかっとする」ことを言葉にして、自分も相手も、もう少し他のポイントでうまくつながれるように苦労するでしょう。おそらくそういう作業を、二人が実践されたのだと思います。

鳴海 それにはSENTIVAL!の規模、センティオの広さが関係しますね。トークのような、お互いにちょっと力を入れることでできる作業は、1000人規模の劇場はもちろん、200人規模の劇場でもとても難しいと思います。センティオは満席でも40人の規模ですから、アーティストも1000人の劇場よりは素直になりやすいし、感情的になりやすいし、お客さんも言葉を言いやすい。比べれば、ですけど。あのアトリエのサイズだからこそできることだったと思います。

山田 理想だったんじゃないですか。どうやったらお客さんと建設的な話ができるか、それが可能な、理想とする空間、理想とする劇場って言うか、それもあったんじゃないかなあ。トークの機会を通じて、はっきり意識していたわけじゃなかったけど、その可能性を探りたかったんでしょうね。だって、難しいよね、お客さんとしては。終わってすぐアーティストと話しをするっていうのは。日本人にはそういう文脈はないかもしれない。そういう文法がね。

鳴海 難しいとは思います。海外にはそういう文脈はありますよね。終わってすぐアーティストと話すっていうアフタートーク形式はあまりないですけど。お客さん同士で話すのは、日本人では考えられないくらいとても活発です。誰に向かってかは違うかもしれないけど、言葉にするという文法は、少なくともヨーロッパにはあります。

−去年の暮れから、外国の方々にインタビューをして(注)、それはすごく感じました。ヨーロッパは完成されていて質が高くて、それに比べて日本は貧しい、なんていうのは願い下げですが、そうではなくて、あるカルチャーの違いみたいなのは確かにある。行けばそこに舞台があって、活動がそこで展開されていて、僕らはその舞台の展開を見ている。では、終わったらどういうつながりがあるかというと、見た後に何か感じるのに激しく拍手するとか、長く拍手するとかでしか表現できない。あとはツイッターに書くとか、ブログに書くとか。でも、書くのはハードルが高いし、うまく書けるなんてことはめったにない。書いたら書いたで、冷たい視線を浴びたりする(笑)。観客の側からすると、書くのは難しい。でもツイートするだけじゃ、なんか実りが期待できない。どこかで触れ合う場所があったらいいなってみんな感じると思うんです。SENTIVAL!では、そこをお二人がうまく設定していたと思います。だからセンティオ閉鎖と聞いたときに、すぐに、そのことをぜひ伺いたいと思いました。それが今のこのインタビューの話題になってホッとしているんです(笑)。劇評という形だけではなくて、舞台と客席が出会う場所をうまく作れないか、そういうコンセプトの場所が開かれてもいいのではないかと最近考えますね。そこで思い返すと、SENTIVAL!には、いつ終わるのかと思いつつ、帰りの時間を気にしつつのトークがあった。唯一の心残りは、それを記録に残しておけなかったことです。2012年は、梅田径さんが毎回MCをして、レポートしてくれました(注)。あのような記録をもう少し残しておきたかった。

(注)連載企画「外国人が見る小劇場」(5回続き+特別寄稿)
(注)梅田径「SENTIVAL! 2012 報告 12

鳴海 2010年からトークをUSTREAMで生中継するようになり、その映像は残っています。映像資料ですね。テキストに起こせなかったのは単純にマンパワーの問題でしたが、そういうドキュメントがあると思い出しやすいし、今後の展開を考える手掛かりになりますね。

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