マームとジプシー「cocoon」

7.繭から羽化して伝説に(平井千世)

 コの字型の客席。舞台奥にはスクリーン。涼しげな質感の生地はリネンだろうか。舞台上には砂がびっしりと敷き詰められている。舞台が始まる前から役者たちが一人、二人と出てきて静かに歩く。シャリシャリと砂を踏みしめる音が耳に心地いい。遠くでセミの声が聞こえる。カナカナカナはヒグラシか。なんだか懐かしい。幼いころの真夏の朝を思いだす。
 舞台が始まるまでの待ち遠しい時間はいつも期待で高揚しているのだが、エアコンが効いた劇場内と優しいBGMが相まって気持ちがよく、つい、まどろみそうになった。セミの声、波の音、美しいピアノのメロディーが流れ、それが突然、飛行機の轟音に変わる。
 「目を開けると今日もまた朝が訪れてしまった…」「わたしは、わたしたちは走っていた。走らなくてはならなくなっていた…」舞台は波の音とサン(青柳いづみ)の回想から始まった。

 この作品の前半は、全寮制の中高一貫校に通う女の子たちの生活が描かれる。時代が戦況下ということ以外は今の高校生と変わらない。賑やかで喧騒的な日常が繰り返される。その中でサトコ(吉田聡子)が生徒の名前とキャラクターの紹介をする。「たまきさん(小泉まき)はおしゃれがだいすき」「ひなちゃん(吉田彩乃)は絵が得意」「まりちゃん(大岩さや)、ゆりちゃん(川崎ゆり子)はふたごで」「なんばさん(難波有)は何か変」などと特徴を語ることで、一人ひとりの少女の実在を証明しているようだ。
 やがて女学生たちは、看護隊として軍事活動に参加することになる。お国のために働く少女たちだったが、戦況の悪化を見込んだ軍が病院壕を占有することになり、退去命令が出され看護隊は解散となった。安全といわれた南の岬を目指して走る少女たち。砂を蹴散らしながら全力で走るがゴールは見えず、爆撃が行く手を遮る。脚を撃たれたサンの幼なじみのえっちゃん(長谷川洋子)は「もうがんばれない、ごめんなさい、お母さん」と言って近くにあった大きな石で自分の頭を砕いて逝ってしまう。鬼畜と呼ばれる未知の外国兵からの暴力を恐れ自らの純潔を守るため自決するグループ。悲惨な状況下で、どんどん仲間を失っていく。サンと最後までいっしょだった親友のマユ(菊池明明)までもが犠牲に…
 エンディングでは、舞台奥の上部に作られた高い舞台に亡くなった女性たちが並び、手に持ったベルがゆっくりと奏でられた。悲しげでもあるが、優しく崇高だ。この調べは、自身へのレクイエムであると同時に、生き抜いたサンを称える讃美歌のようだった。

 『cocoon』は、ひめゆり学徒隊の話を下敷きに漫画家 今日マチ子が書いた代表作のひとつを、マームとジプシーの藤田貴大が2年の構想期間を経て作・演出した作品だ。見せ方を変えて台詞や同じシーンを何度も繰り返す「リフレイン」と呼ばれる手法は藤田の演出の特徴だが、女の子たちの高校生活の賑やかな感じも、全力で走るシーンもその力強さが増幅されて効果バツグンだ。
 そしてこの作品で特筆すべきは、音。音楽は原田郁子、効果音はzAkが担当する。舞台が始まる前のセミの鳴き声から、波の音、サトコのギター、みんなで歌う合唱、爆撃、ベルや、サンの声のトーンまで、全部が計算されつくされている。私はこの舞台を2回観たのだが、1回目は、音楽が大きすぎて台詞が聞きとれないシーンがあったが、後は全く気にならなくなっていた。音楽や効果音が叙情的。的確な音は作品の質をワンランクもツーランクもアップさせていた。

 ぜひ、演劇好きの高校生の娘にみせたい! 『cocoon』を観終わった後、すぐに追加公演のチケットの販売状況と彼女のスケジュールを確認した。

 秀逸な音響効果と透明感のある演技、「生」をまっすぐに生き生きと表現する「リフレイン」を使った演出。すべてが融合しあって、生と死の対比がより際立ち、戦争の悲惨さや彼女たちの無念が深く心に刺さっていく。
 よく、寺山修司やつかこうへいの演出は伝説化され、初演の熱海殺人事件を観たことが語り草になったりするが、この作品も同じようになると思った。2013年の藤田の『cocoon』はよかったよ。なんて語り継がれるに違いない。
 娘は大劇場で行われるメジャーな舞台しか観たことがなかったのだが、開口一番「初めて観る演出だった。観にいけてよかった」と。

 舞台ではたくさんの少女が亡くなっていた。戦争について考えてみる。うちの娘と同じくらいの年の子が、お国のためにと散っていく運命。親もいれば、大好きな彼氏、未来に出会うはずの愛しい恋人もどこかで彼女たちを待っていたはずだ。悲しすぎる。
 今、自民党が憲法第九条改正に意欲を示していると報じられている。「戦争の放棄」という文言は削除するという。軍国主義へ回帰する可能性をはらんでおり危険な香りがする。
 世界ではまだ戦争やテロで苦しんでいる国や地域が数多くある。兵士のみならず、女・子供や一般民衆が殺されることもある。去年、内戦が続くシリアでジャーナリストの山本美香さんが殺害されたのも記憶に新しい。罪のない人々を殺戮する戦争を許してはいけない。
 『cocoon』は反戦を全面的に押し出そうとした作品ではないようだが、生と死をまっすぐに強烈に表現したことで、戦争に対する疑問を投げかけたのは間違いない。とくに若い人に観てもらいたい作品だった。今は余韻を楽しむ時期かもしれないが、また、ぜひ観たい。近年の再演を望む。
(2013年8月7日15:00の回、16日19:00の回観劇)

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